芥川賞を受賞したことで話題を集める本谷有希子。彼女が描くのはどこか自意識過剰で癖のある、生々しい「女」の姿。イタい!それなのに、目を離すことができません。高い中毒性を持つ本谷有希子ワールドの魅力を堪能できる作品をご紹介します。
本谷有希子は1979年に石川県白山市に生まれ、庵野秀明のアニメ『彼氏彼女の事情』で声優としてデビューしました。その後自身の主宰する「劇団、本谷有希子」で劇作家・演出家として活動した後、2002年に小説『江利子と絶対』を発表し小説家としてのキャリアをスタートさせています。
2005年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』が三島由紀夫賞候補に、翌年『生きてるだけで、愛』が芥川龍之介賞候補になるなど、その実力は本物。27歳の時には戯曲『遭難、』で鶴屋南北戯曲賞を史上最年少で受賞しています。
その後も多くの作品が純文学賞の候補作となり、『ぬるい毒』で野間文芸新人賞、『嵐のピクニック』で大江健三郎賞を受賞するなど文学界に新しい風を巻き起こしました。
結婚・出産を経た彼女は2016年に『異類婚姻譚』で芥川龍之介賞を受賞。今や各界からの期待を一心に受け続けている実力派作家と言えるでしょう。
本谷有希子作品の魅力は劇作家としての経験を生かしたコミカルでテンポの良い展開に、登場人物の持つ「毒」を掛け合わせたポップでブラック、それでいてキュートな世界観。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『乱暴と待機』は映画化され、どちらも彼女独特のブラックユーモアの効いた衝撃作として映画界でも話題になりました。
彼女の作品に登場する人物はどこか振り切れた過激なキャラクターが多く、しばしば突拍子のない言動をとります。最初は「おかしい!」と笑って見ていられますが、物語が進むにつれて、笑えなくなっていくでしょう。
「こういう部分、私にもあるかも」と不安な共感に胸を満たされ、いつのまにやらおかしいはずの登場人物たちに感情移入させられたあげく、物語の世界にどっぷりと浸からされてしまうのです。
目も当てられない、けれど結末を見届けずにはいられない……本谷有希子ワールドの魅力が存分に詰まった5作品をご紹介します。
25歳の寧子は、鬱で引きこもりです。過眠症で、一日の大半を寝て過ごしています。同棲相手の津奈木はそんな寧子と適当な距離を置いて付き合っており、寧子が部屋に引きこもっても、仕事から帰って来た時と寝る前にドアを二回ノックするだけ。
放尿ついでに心配したり、寧子の「死にたいかも」というメールに短い誤字メールを返したりする温度の低い津奈木に寧子は「自分の彼女に楽すんな」とヒステリックな言動を繰り返します。
ある日、そんな寧子の前に津奈木の元恋人・安藤が現れ、津奈木とヨリを戻したいが故に寧子に自立を迫ったことで、二人の恋愛は新たな局面を迎えることとなります。
- 著者
- 本谷 有希子
- 出版日
- 2009-03-02
「いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなあ」
(『生きてるだけで、愛。』より引用)
寧子は、なんとしてでも寧子を追い出したい安藤に強制されて、イタリアンレストランでバイトを始めます。「やっていけるかも」とかすかな希望を見ますが、すぐに自らの手でぶち壊しにしてしまいました。
彼女は母親譲りの躁鬱で、バイトが続かないどころか夜に寝て朝に起きられない自分に誰よりも疲れきっており、津奈木に「あたしと別れられて、いいなあ」と言います。屋上で全裸というとんでもないシチュエーションですが、非常に印象的でロマンティックな一場面です。
この小説は、ただの恋愛小説ではありません。コンパで知り合った2人はなりゆきで同棲を始めており、決して相性の良い相手というわけではありません。津奈木は寧子のエキセントリックな言動を目の当たりにしても積極的に救おうとはせず、寧子の要求も空回るばかり。しかし闇の中あえて電気を点けずに手探りで進むような二人の姿は、妙に生っぽく、胸を打たれることでしょう。
ちなみに、この本の装丁に使われている葛飾北斎のかの有名な『富嶽三十六景』は作中にも登場し、重要な役割を果たします。
「でもきっとあたしにはあたしの別の富士山がどこかにあるってことなんだろう。」
(『生きてるだけで、愛。』より引用)
物語の序盤で登場する、この一文。その答えを探す旅に、あなたも出かけてみませんか。
『生きてるだけで、愛。』のキャラクターや名言をもっと知りたい方は、こちらの記事がおすすめです。
原作小説『生きてるだけで、愛。』結末などネタバレ解説!不器用すぎる愛とは
『生きてるだけで、愛。』は、不器用な男女の恋模様を描いた小説。躁鬱病や過眠に悩まされる自称メンヘルの引きこもり、無関心男、元カノの3人を中心に、不器用にしか接することができない若者の、愛の形が描かれています。本作は芥川賞、さらには三島由紀夫賞にもノミネートされたことで注目を集めました。2018年11月には、映画化も決定しています。 この記事では、そんな本作について、あらすじや結末まで詳しく解説。ぜひ、最後までご覧ください。
本作は主演・趣里、共演に菅田将暉、仲里依紗と、豪華俳優陣が出演して2018年に映画化。この世界観が、映像でどう表現されたのでしょうか。
本作は本谷有希子が主宰する「劇団、本谷有希子」の第一回公演作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を自身の手で小説化し「群像」にて発表した作品です。三島由紀夫賞の候補に挙がり、2007年には佐藤江梨子主演で映画化された、彼女の出世作です。
物語は北陸のとある山間部に暮らす少女、和合清深の両親の葬式のシーンから始まります。そこに四年前に女優志望で上京した清深の姉・澄伽が帰省。兄の宍道、その嫁の待子とともに四人の同居生活が始まりますが、その家族には伏せられていた過去がありました。
澄伽は自分が女優として成功できないのは過去に妹が起こした事件のせいだとして清深を許すことができず、真夏の田舎の退屈を潰すようにして彼女を虐めはじめます。そんな澄伽の行動が起爆剤となり、宍道と待子をも巻き込んで、各々の思いが複雑に絡み合う愛憎劇が展開します。
- 著者
- 本谷 有希子
- 出版日
- 2007-05-15
演技の才能がないのにも関わらず「自分は特別」と清々しいほどの勘違いをし、あらゆることを自分に都合よく解釈して横暴に振舞う澄伽。そんな姉に興味を持ち、日記を盗み見るなどした挙句、姉を自己表現の道具にすることに罪悪感を覚えながらも欲望に抗えない妹の清深。
家族を大切にしようとするものの、やり方を間違える不器用な兄の宍道。不幸な生い立ちを持つが故に自分の身に起こるすべてのことを素直に受け入れることで生き延びてきた愚鈍な兄嫁の待子。
作中では各者各様の自己愛や狂気、過去や価値観などが時に克明に、時にシュールに描かれ、読者を観客として物語の前に縛りつけます。
戯曲的なスピード感で、どんでん返しなラストへと向かってゆく強烈な作品ですが、戯曲の臨場感をそのまま小説に落とし込む本谷有希子の実力に、思わず息を呑む素晴らしいエンターテイメント作品と言えるでしょう。必読の一作です。
『乱暴と待機』は2005年に「劇団、本谷有希子」が発表した戯曲を自身の手によって小説化した、彼女の代表作と言える必読の一作です。2010年にはこれを原作とした映画版も公開され、話題となりました。
この物語の舞台は「二段ベッド」であり、本作はボロい借家で同居する”兄”の英則が、二段ベッドの上段から天井裏に忍び込み、隠れて"妹"の奈々瀬を監視する、というどこからどう見ても異常な兄妹の行く末を、本谷有希子作品特有のポップさで描かれた問題作です。
- 著者
- 本谷有希子
- 出版日
- 2010-08-25
この兄妹には「事情」があり、奈々瀬は25歳にして無職、いつもグレーのスウェットの上下を着て一昔前ふうの眼鏡を掛けています。
家にこもって兄を喜ばせるための「出し物」のネタを考えながら、昔英則にしてしまったあることに対する復讐……それも、
「殺されたほうがマシだと思うような、今まで人類が行ってきた中で一番すごい復讐」
(『乱暴と待機』から引用)
が実行される日がくるのを、待ち続けているのです。
この二人の関係に隠された秘密とは何なのか?"復讐"の理由とは?
奇妙ながらも平穏に暮らしていた兄妹は、英則の同僚である番上や、その恋人であるあずさの登場によって波乱の日々に巻き込まれていきます。
登場人物がそれぞれに抱える欲望や、抑えのきかない剥き出しの感情が非常に人間臭く描かれており、分量の多い会話文も、元が戯曲なだけあり非常にテンポよく展開していきます。あまりにも面白くて、思わず一気読みしてしまうでしょう。劇作家本谷有希子のセンスに圧倒されること間違いなしの傑作です。ぜひ読んでみてください。
Gカップのおっぱいだけが取り柄の23歳フリーター・巡谷と、「自分は臭い」と思い込む引きこもりで処女の同居人、日田の奇妙な友情譚。
劇作家・本谷有希子の得意とするスピード感のある展開、エッジの効いた表現、過激なガールズトーク……痛々しくて馬鹿らしくて、それなのにどうしてか愛おしくて、「あの子の考えることは変」と呆れ笑いをしてしまう、とびっきりキュートな作品です。
- 著者
- 本谷 有希子
- 出版日
- 2013-06-14
巡谷と日田は高校時代のクラスメイトで、卒業後それぞれ「地元にいたくなかったから」「手記家になるために」という理由で上京。しかしいつのまにやら無職の日田が巡谷のヒモになる形でアパートの一室に同居し、物音を立てると壁を殴る隣人のゲシュタポに怯えながらもそれなりに楽しく暮らしています。
巡谷には横ちんというセックスフレンドがいますが、横ちんには海外に暮らす恋人がおり、本命の彼女にはしてもらえません。そこで巡谷は「横ちんモンスター化計画」として彼を太らせ、恋人と別れさせようとしています。
また一方の日田は二人が住む街にあるゴミ処理場の煙突から出るダイオキシンが、自分の臭さと手記の書けなさの原因だと信じており、いつか街の全住民が症候群を発症するXデーが来る、ダイオキシンのせいで性欲が強くなっている、などどおかしなことばかり言い、巡谷に呆れられてばかりです。
そんな2人の言動はどこか自意識過剰で、感情まかせで、本気なだけにひりひりと痛い。路上で何言ってんだ!とツッコミを入れたくなるシーンも多々あります。
過激な表現や偏った思考がびっくり箱のように次々に飛び出すアクの強い小説ですが、これが本谷有希子の持ち味です。失恋してもコンプレックスがあっても、周囲に「変」だと罵られたり、反対に腫れもの扱いされたりしても――孤独を抱え愛されたいと願う「女」であることは捨てられない。作中の2人は、不器用なやり方でそう叫んでいるように見えます。
ラストをどう感じるかは人それぞれでしょう。悩めるすべての女性に、ぜひ読んでみてほしい作品です。
本谷有希子入門におすすめの1冊です。優しいピアノ教師が見せた狂気を描く「アウトサイド」、会議室のカーテンの中にいるだれかに思いを馳せる「わたしは名前で呼んでる」、一日中セレクトショップの試着室から出てこない人に似合う服を探し続ける「いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか」など、筆者の持ち味であるブラックユーモア全開の13編からなる短編集です。
- 著者
- 本谷 有希子
- 出版日
- 2015-05-15
収録されているすべての作品で、現実ではありえないようなドラマがさらりと起こります。突拍子のない事件があまりにも自然に起こるそのシュールさも、本谷有希子作品の魅力のひとつ。
また『嵐のピクニック』には、収録作品のほとんどに私たちの生活にありふれたものがモチーフとして登場します。たとえば女の子の習い事の定番である、個人経営のピアノ教室。そして会議室の窓のカーテンや冬の朝のしもやけ、傘、自転車のサドル、試着室など。それらが彼女の手にかかると、癖のある登場人物の行動と化学反応を起こし、物語は想像もしなかった方向へと進んでいきます。その痛快なことといったら!
1編読み終わるたび本谷有希子ワールドにずぶずぶとハマってしまうこと間違いなしの傑作です。
表題作を含む3作構成の1冊。3作品とも人間らしさと、心の闇を生々しく描いた作品となっています。
1作目は「江利子と絶対」。引きこもりである「江利子」と、江利子を「絶対」に裏切らないように育てたから、という理由から「絶対」と名付けられた犬。そんなコンビを姉の視点から見た物語です。江利子は積極的に社会との関りを断とうとする毎日を過ごしていました。しかし、ある日電車の転倒事故のニュースを見て、江利子はある決心をして……。
2作目の「生垣の女」はとある男女を描いた物語。頭皮に問題を抱える主人公・多田はある日、生垣に潜んでいる女性・アキ子を発見します。事情を訊いてみると、アキ子は多田の隣人である本間を探してやってきたと言います。そして、どういうわけか多田が本間をかくまっていると思い込み、多田の家に居座るようになって……。
3作目「暗狩」はホラー。小学生の主人公・小田原は友人の吉見、そして上級生のいじめっ子である波多野と野球をして放課後を過ごしていました。ある日、野球のボールが波多野の「お隣さん」の家の敷地内に入ってしまいます。ボールを追いかけて「お隣さん」の敷地内へと入りますが、「お隣さん」は恐ろしい殺人鬼で……。
- 著者
- 本谷 有希子
- 出版日
- 2007-08-11
3作品ともにストーリーも雰囲気もまったく違うものとなっていますが、人間の持つ狂気を見事に描いています。しかも、現実離れしているようで、ひょっとしたら近所にそういう人がいるかも、と思わせるような手の届く狂気。特に3作目の「暗狩」については殺人鬼に目をつけられた主人公達が、仲の良い友人同士ではなく、むしろ仲は悪いくらいだという関係が緊迫感を相乗させます。
1作目、2作目、3作目と狂気の度合いが強くなっていく、という構成となっており、グロテスクな表現もところどころに出てきます。おそらく、好き嫌いが分かれるでしょう。
しかし、狂気だけを描いている作品ではなく、最終的には登場人物達の本音をさらけ出す作品となっています。狂気に触れた時、登場人物達の心から沸き上がった本音とは……。
退屈を感じている方、刺激がほしい方におすすめの1冊です。
いかがでしたでしょうか。誰にも真似できない作風とセンスで文学界に嵐を巻き起こす作家、本谷有希子。どれを読んでも戯曲を思わせる臨場感に溢れた、未知の読書体験ができるでしょう。一読の価値ありです!