現代人には欠かせないものとなっているコンビニ。ニッポンの都会にあまりに溶け込んでいて、その便利さを人々はありがたく思いつつも、その「裏側」まで考える機会はあまりないのではないでしょうか。今回は、コンビニの「店長」という立場、「アルバイト」という立場、外からコンビニを分析するライターという立場、そして「芥川賞作家兼コンビニ店員」という、それぞれ異なる立場の人が書いた「コンビニ」本を4冊ご紹介いたします。
- 著者
- 三宮 貞雄
- 出版日
- 2016-04-01
タイトル通り、加盟店を経営する「店長」の過酷で残酷な日常が「日記」という形で綴られています。今年4月に発売された比較的新しい本です。本の執筆にあたり勿論「コンビニの名前」は伏せてあり、著者の名前「三宮貞雄」も仮名とのこと。コンビニ業界の「裏」を知りたい人にとって最適の本だといえるでしょう。なにせ現場に毎日立っている人が書いた本なのですから。
おもしろかったのは「立ち読み」に関するくだり(21p)。コンビニを訪れる客の中には一定の数「立ち読みをする人」がいますが、この行為は弊害があるとともにお店に意外な「効果」ももたらしているそう。詳しいことは本を読んでいただくとして、やはり何よりも驚かされるのが「コンビニ店長」という仕事の過酷さ、そして業界のある種の「ブラックさ」であります。
スタート時点で交わされる本部と店長の理不尽な契約もさることながら、この本に登場するコンビニチェーンに関しては、そもそも店長になる条件が「家族二人以上での業務をすること」(74p)です。24時間以上店から離れると、契約解除事由になると契約書に書いてある(126p)ため、「休み」というものが全く組み込まれていないシステムだということがこの本を読むとよくわかります。家族旅行どころか近所の祭りの神輿を担ぐことさえできない……と切々と日記に綴る店長には同情するばかりであります。このあたりの店長の苦悩は「4日寝なかったら意識朦朧に」(105p)のくだりを読めばそのリアルさが伝わってきます。
ところで、筆者サンドラは今まで「自爆」という言葉はテロ関連の言葉だという認識でおりましたが、「コンビニ店長の残酷日記」を読んでいると、この「自爆」という単語、コンビニ業界でも頻繁に使われているのだそう。なんでも営業ノルマをクリアするためにコンビニのアルバイトや従業員が自社商品を自分で買わされることを「自爆」というんだそうであります。一例として三宮氏は「恵方巻き」を挙げています。なんでも毎年「恵方巻き」の季節が近づくと、その売上について過大なノルマが店長に課せられ、ノルマ未達だと自腹購入をするのだとか。
スーパーバイザー(本社からたびたびやってくる「店舗指導員」という役回り)による店長に対する理不尽な押し付け、そして「契約を打ち切られるかもしれない」という恐怖からスーパーバイザーの言いなりになってしまう店長の苦悩について生々しく書かれており、本を通して「コンビニ内の力関係」について知りました。この本、最初から最後まで「過酷」のひとこと。店長が気の毒で、こんど恵方巻きの季節が近づいたら、恵方巻きをたくさん買ってあげたい!……そう思いました。
- 著者
- かとうとおる(コンビニバイト歴10年)
- 出版日
- 2008-06-18
本書、コミックエッセイです。コミカルでありながら、読んでいてほのぼのとした気持ちになります。「コンビニ内での客の意外な忘れものについて」(6p&127p)が興味深いです。なお、かとう氏がアルバイトしているコンビニが都心ではなく郊外の住宅地であるためか、同書に登場する来店客の、ある意味“地元密着型”のキャラが大変愛らしくリアルでもあります。同僚同士の人間模様も興味深いものがあります。
「おでん」の話(「ころあいの計り方」175p)、そして、コンビニ店員として働いている癖で、客としてコンビニに行っても「いらっしゃいませ」と挨拶してしまうエピソードなど、終始ほのぼのとしているこの本。それにしても出だしの挨拶の「どーもコンビニは!」には笑いました。
- 著者
- 吉岡秀子
- 出版日
- 2012-02-10
東日本大震災の翌年に発行されたこの本は、変化し続ける「コンビニ」を客観的に分析しています。
かつてコンビニの24時間営業については一部で「青少年の教育に悪い」とも言われていましたが、東日本大震災の際にはそのコンビニが商品供給はもちろん、帰宅困難者のサポートや救援物資の確保、そして義捐金の募集をスピーディーに行いました。今やコンビニで住民票を発行してもらうこともできます。同書にも、今やコンビニは役所変わり、交番変わりといっても過言ではないと書かれていますし、確実に時代は変わりました
そんな変化をし続けるコンビニですが、たとえばセブンイレブンでは「過去の成功体験にとらわれず客の変化にいち早く気づくこと」を重要視しており、本来はビジネスにおいて禁句であった「朝令暮改」をむしろ目指しているといいます。現在はコンビニの定番商品となっている「おにぎり」も発売当時は「そんなものは家庭で作るものだ。売れないよ」と言われていたというではありませんか。が、働く女性が増えるなど「客の変化」によって「おにぎり」は大ヒットしました。数年前には見かけなかった部屋干し洗剤や野菜なども現在はコンビニの棚に並んでいます。
その背景には「客層の変化」もあるといいます。かつては「困った時(物を切らした時など)の緊急駆け込み寺」的存在だったコンビニは、当時、普段の生活においては高齢者や主婦からむしろ敬遠されていましたが、前述通りここ数年の彼らの生活の変化により、現在コンビニは若者だけではなく子連れ、主婦、高齢者が頻繁に通う場所となりました。
読みどころはやはり「セブンイレブン」、「ローソン」、「ファミリーマート」などのコンビニチェーンのそれぞれの比較。「便利さ」を追求するセブンイレブン、「イノベーションで脱コンビニ」を目指すローソン、そして(2012年2月の時点で)海外店舗数が日本の店舗数を上回ったファミリーマート。そこに至った背景が興味深いです。コンビニというビジネスを客観的に描いているこの本はその分かりやすさが売りです。
- 著者
- 村田 沙耶香
- 出版日
- 2016-07-27
コンビニに光を見出し、いったんコンビニを去っても、紆余曲折を経てその先には再びコンビニが。「コンビニ人間」はこの世に本というものが存在してよかったなと思わせてくれる読み応えのある本です。早く次が知りたい、という気持ちに駆られるためテンポ良く読め、明るい気持ちにさせてくれます。でも扱っているテーマは深刻。
主人公・恵子の悩み。それは自分が世間の人々とは「ズレている」こと。子供の頃に、自分の言動や行動が周りの人間を驚かせてしまったり絶句させてしまう、ということを頻繁に経験し、そのような事情から、大人になってからは「家の外では口を利かないことにした」(12p)恵子。おそらく発達障害だと思われる彼女が長年感じてきた「生きにくさ」をルーティーンが主なコンビニのアルバイトを通して克服していく有様が描かれています。コンビニでの仕事は恵子に「世界の歯車の一つになっている」という安堵感を与えてくれています。
この本はまた「何が普通か?」という質問を読者に投げかけてもいます。「人とは違う」人間に対して世間の人々がいかにつらく当たるか。中年女性が「アルバイト」という雇用形態で、さらに結婚しておらず子供がいないと、世間の人々は本当に好き勝手に色んなことを言い、無遠慮に質問を投げてくるそのありさまが実にリアルに描かれています。「皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。」(54p)というくだりは社会の閉塞感を言い現わしているかのよう。
確かに「世の中の人」と少し違えば、低俗な好奇心と質問の嵐に悩まされるものですので、コンビニというテーマもさることながらそういった人間関係の深刻な面にもスポットを当てているこの本は最後まで読み応えがあります。
頻繁にコンビニに足を踏み入れながらも、本を読むまでは、コンビニについて特に何も考えていませんでしたし、何も知りませんでした……。きっと、これからもコンビニは消費者にとってどこまでも便利な存在であり続けるのだと思います。そのことを一消費者として感謝しつつも、コンビニのない国(ドイツ)で育った筆者はニッポンのコンビニ店長の働き方があまりに過酷であるという現実をこのたび本を通して知りショックを受けました。
立場が異なる人(店長、アルバイト、外部のライター、芥川賞作家兼コンビニ店員)が書いたそれぞれの「コンビニの裏側」。背景を知ったことで、今度コンビニを訪れる時は店員さんを見る目が変わりそうです。