朝宮運河が主催する #ベストホラー2024にて堂々10位にランクインした矢樹純『撮ってはいけない家』。本作は最近流行りのモキュメンタリー仕立てのホラー小説で、ホラードラマ制作の為旧家を訪れた撮影クルーが巻き込まれた、因習村の神隠し事件の顛末を描きます。作者の矢樹純は作画担当の妹とコンビを組み、共同ペンネーム・加藤山羊を用い、数々の商業漫画を世に送り出してきました。 今回はホラー界期待の新星・矢樹純の『撮ってはいけない家』のあらすじと魅力を、ネタバレ込みで解説していきたいと思います。最後までお付き合いください。
都内の映像制作会社でディレクターとして働く杉田佑季は、プロデューサーの小隈好生から山梨の旧家が舞台のモキュメンタリーホラードラマ『赤夜家の凶夢(あかしやけのきょうむ)』のロケハンを命じられ、オカルトマニアのAD・阿南と現地に向かっていました。
行きの車内にて、延々生首絡みの怪談朗読テープを流し続ける阿南に閉口する杉田。
ドラマのロケ地に選ばれた白土家は小隈の婚約者・白土紘乃の実家であり、12歳になるのを待たずして男児が早世している家系でした。
そんな不吉な謂れに加え、小隈と前妻の間に出来た息子の昴太が翌月12歳の誕生日を迎えることに、杉田は密かな胸騒ぎを覚えます。小隈と紘乃が再婚すれば昴太も白土家の男子となり、短命の呪いを受けかねません。
小隈と長い付き合いの杉田には、彼が企画した『赤夜家の悪夢』が、白土家で実際に起きた出来事をベースにしているように思えたのです。
白土家の敷地内には二階への立ち入りが禁じられた蔵があり、邸内からは古い経文の断片が出てきました。杉田と阿南が手分けして継ぎ接ぎした結果、完成した経文から巨大な女の顔が浮かび上がり、凄まじい形相で二人を睨み付けます。
さらに調査を進めてみると、何代か前の白土家に未来を見通す天眼の娘・照子が生まれたことや、彼女が鬼の鏡と呼ばれる強力な呪物を崇めていたことが判明しました。蔵の二階に幽閉された照子の死後、鏡は行方不明になっているそうです。
そしてロケ当日、子役の少年が蔵で取り乱すハプニングが発生。時同じくして撮影に同行していた昴太が謎の失踪を遂げ……。
矢樹純『撮ってはいけない家』はホラー編集者・朝宮運河がX上で企画した #ベストホラー2024にて、見事10位に食い込みました。
2024年11月30日放送の「王様のブランチ」BOOKコーナーでも取り上げ、現在も重版が続いています。
YouTubeでは「島田秀平のお怪談巡り」で有名な島田秀平がナレーションを務める特別PV、「視聴注意『撮ってはいけない家』【語り:島田秀平】」も公開中です。
矢樹純はもともと漫画原作者として活動しており、漫画家の妹・加藤缶と組んで、サスペンス・ホラー作品を描いてきました。
代表作は2007年より「ビッグコミックスピリッツ増刊号」で連載された『イノセントブローカー』、2013年より「月刊少年チャンピオン」で連載された『禁忌 絶対にやってはいけない13のこと』他。2011年には第10回『このミステリーがすごい!大賞』で『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』(桜木シリーズ第一弾)が隠し玉に選ばれています。
その後も漫画原作と並行しkindle出版を継続。
2015年には電子書籍『或る集落の●(まる)』が大ヒット。同著収録の『べらの社』とカクヨム発『ほねがらみ』の設定が酷似していたことから芦花公園の剽窃疑惑を招き、ネットで炎上しました。『ほねがらみ』は後日出版社を変えて刊行され、剽窃箇所は修正されています。詳細は矢樹純のnote参照。興味がある方はぜひ読み比べて検証してください。
全国ホラーファン必読!『このホラーがすごい!2024』ネタバレ見所紹介
皆さんはホラー小説がお好きですか?もしホラー小説に興味があるなら、背筋・雨穴・梨など、意欲的なモキュメンタリーを手掛け近年のホラーシーンを席巻した作家の特集を組んだ『このホラーがすごい!2024』は要チェック。 古今東西の名作ホラー小説やホラー漫画を知りたいなら、有識者が集った本書を読んで損はありません。今回は宝島社刊『このホラーがすごい!2024』の見所ほか、国内外で取り上げられた作品をネタバレ込みで紹介していきます。最後までお付き合いください。
本作の見所はディレクターとADのバディが、男子の神隠しが相次ぐ旧家の謎に挑む因習村ホラー……と見せかけ、周到な伏線を張り巡らしたイヤミスでもあること。昴太が繰り返し見る夢の正体がわかった時は、パズルのピースが嵌まるような快感を味わいました。
凸凹コンビのコミカルな掛け合いや阿南の饒舌な蘊蓄が、重苦しい雰囲気を和らげる緩衝材になっているのもポイント。
旧家で連続する神隠しと戦後に起きた嬰児殺し、天眼を生まれ持った娘が幽閉された蔵の二階と鬼の鏡、昴太が繰り返し見る不可思議な夢……謎めいた要素が重層的に絡まり合ったストーリーは、Jホラー好きには勿論、本格ミステリー好きにも刺さること間違いありません。
モキュメンタリーホラードラマ制作の裏側が垣間見える構成も斬新。同種のフィクションを好んで見ている人は、ロケハンからクランクインに至るまでの流れに、引き込まれるのではないでしょうか。
本作は単なる因習村ホラーではありません。物語の構造としては小野不由美『残穢』に近く、白土家で相次ぐ神隠しの真相には、戦後に起きた大規模な嬰児殺しが絡んでいました。
それが1948年(昭和23年)の「寿産院事件」。
新宿の助産院「寿産院」勤務の助産婦・石川ミユキと経営者の夫・猛が、赤ん坊の貰い手を探してやると産みの親を唆し養育費を巻き上げた末、保護監督者の義務を果たさず100人以上を放置死させた事件です。
犯人の手口は非常に悪辣。貧困に喘ぐ親から私生児を預かったのち、一切の世話を放棄して栄養失調に陥らせ、オムツも替えず死に至らしめています。政府配給品のミルクや衣類すら横流ししていた為、冬場は凍死する赤子が続出。現役助産婦による貰い子殺しが世間に与えた衝撃は計り知れず、女性の堕胎を認める優生保護法の成立に繋がりました。
本事件に対しては作家の宮本百合子が『“生れた権利”をうばうな』と義憤の声を上げています。
産院の名称や主犯の名前こそ変えられているものの、『撮ってはいけない家』の核を成す事件が、「寿産院事件」をモチーフにしているのは明らか。白井智之『名探偵のはらわた』でも扱われていたことから、戦後史に残る凶悪事件と断言できます。
各賞総ナメ『名探偵のいけにえ』姉妹編 白井智之『名探偵のはらわた』は令和版『魔界転生』!
不謹慎と悪趣味を煮詰めてヘドをぶっかけたようなエログロゴアな作風で支持されるミステリー作家、白井智之。 アントニー・バークリー『毒入りチョコレート事件』を祖とする多重解決ミステリーを偏愛し、ほぼ全作に亘って複数の解決を用意してきた彼の最高傑作が『名探偵のはらわた』。 昭和犯罪史を騒がせた凶悪事件の犯人が地獄から蘇り、令和の日本を恐怖と混乱のどん底に突き落とす本作は、白井智之版『魔界転生』とも言える奇想天外な設定で読者の心を掴んで離しません。
前述の『懺穢』でも嬰児殺しが重要なファクターとなっているあたり、奇妙な符号を感じますね。
初めての小野不由美!初心者向けおすすめランキングベスト6!
小野不由美、という作家を知っているでしょうか。背筋がぞっとするようなホラー、精緻に作られたファンタジーといったジャンルをまたにかけ、魅力ある作品を生み出す作家です。 今回は話には聞くけど、何を読んでいいか分からない、そんなあなたに向けておすすめ作品をご紹介します。
物語の進行に伴い、白土家で起こる怪異の起源には、紘乃の曽祖父の所業が深く関わっている事実が明らかに。彼は「寿産院事件」における石川猛の立ち位置。ならば黒幕は誰でしょうか?
嬰児殺しの主犯と杉田が思いがけぬ形で対決するハイライトは、どんでん返しに次ぐどんでん返しの連続で、読者の予想を裏切ってくれました。
昴太が幼い頃から見続ける「沢山の人に囲まれ、お箸で摘まんで食べられる夢」が何を指すのか、ぜひ推理してみてください。タイトルの本当の意味がわかった時は、既に手遅れになってますよ。
矢樹純『撮ってはいけない家』を読んだ人には『血腐れ』がおすすめです。
本作は矢樹純のホラー短編集で、縁切り神社で行われた奇妙な儀式の全容を描く表題作他、息子の看病に負われる私に接触してきた謎の女の真意に戦慄を禁じ得ぬ『影祓え』など、『撮ってはいけない家』とはまた違った恐怖の深層を堪能できます。
続いておすすめするのは上條一輝『深淵のテレパス』。朝宮運河主催 #ベストホラー2024にて、圧倒的票数を占め、堂々1位に輝いたホラー小説の傑作です。
超常現象をニュートラルな観点から検証し直し、ロジカルでフレキシブルな解決策を導き出すスタイルは、令和版サイキックリサーチとでも呼びたい斬新さ。元超能力少年のオッサン・犬井のコメディリリーフぶりがツボでした。