皆さんはネット怪談に興味がありますか? 近年はSNSで発信された情報や匿名掲示板のやり取りを盛り込んだモキュメンタリーが流行り、実写映画化に至るベストセラーを生み出しているのが界隈の顕著な傾向ですが、ネット黎明期の1990年代後半には既にその萌芽が認められました。 廣田龍平『ネット怪談の民俗学』は、民俗学の見地からネット怪談の変遷に光を当て、体系立てて進化の過程を追っていく学術書。発売当初から各方面で話題を呼び、現在もamazonのベストセラー1位を独走しています。 今回は洒落怖で育った世代の熱い注目を集める『ネット怪談の民俗学』の要約と魅力を、ネタバレ込みで紹介していこうと思います。

作者の廣田龍平は文化人類学的・民俗学的に妖怪を研究している専門家兼作家。大東文化大学文学部日本文学科の助教授も務め、『〈怪奇的で不思議なもの〉の人類学』『妖怪の誕生』『謎解き「都市伝説」』他、多数の著書を執筆しています。マイケル・ディラン・フォスターの『日本妖怪考』には翻訳家として携わりました。
- 著者
- ["ASIOS", "廣田 龍平"]
- 出版日
- 著者
- ["マイケル・ディラン・フォスター", "廣田龍平"]
- 出版日
本書は廣田氏が日本語圏のインターネットを中心に収集・観測した怪談や都市伝説をデータベース化し、民俗学の観点から分析し直した全く新しい研究書。主な研究対象はきさらぎ駅・コトリバコ・くねくね・裏S区・禁后・リゾートバイト・師匠シリーズなど、洒落怖まとめサイトで嘗て我々が目にした話。具体的には全6章とあとがき、参考文献の紹介で構成されます。
さらにはクリーピーパスタ・バックルーム・リミナルスペースなど、英語圏の匿名掲示板からSNSへ拡散され、ネットロアの可能性を広げた海外の事例を引用し、プラットフォームを跨いだ比較検証を実施。
ネット黎明期に当たる1990年代から成熟期を迎えた2025年現在までのブームの盛衰、及び今後の潮流を、各ネット怪談の成り立ちやそれに関与した大衆心理を交えて解き明かしていきます。
- 著者
- 廣田 龍平
- 出版日
廣田龍平『ネット怪談の民俗学』は2024年に発売されるや重版が掛かり、2025年6月現在もamazon民俗学部門のランキング1位を独走し続けているベストセラー。民俗学解説VTuberの諸星めぐるや積読チャンネル他、YouTubeには多数のレビュー動画がアップされています。
廣田氏はホラー作家の梨や朝里樹、『飯沼一家に謝罪します』『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を監督した近藤亮太や『きさらぎ駅』の監督・永江二朗らと親交を持ち、本書の出版記念に対談を行いました。
本書におけるネット怪談の定義とは、ネットで共同構築・拡散され、匿名の人々が語り継いできた怪談であること。
作者(ウニちゃん)が判明したのち商業展開をした「師匠シリーズ」など一部例外はあるものの、2ちゃんねるオカルト板「洒落にならないほど怖い話を集めて見ない?」スレッド、通称洒落怖に投下された怖い話の大半は発信者不明なまま、まとめブログやSNSを媒介して世間に広まりました。
本書の売れ行きが伸びている事実からは、洒落怖で育った世代のホラーへの関心の高さが窺えます。
廣田氏が取り上げる題材は多岐に亘り、noteで全文公開されているまえがきでは、きさらぎ駅・くねくね・コトリバコ・ひとりかくれんぼ・犬鳴村・三回見ると死ぬ絵・バックルーム・リミナルスペースが登場。
このうち「きさらぎ駅」と「犬鳴村」は映画化され、コトリバコも「樹海村」のガジェットに組み込まれています。
インターネットの普及に伴い一大ジャンルを形成した上記を、廣田氏はネット怪談の代表格に挙げ、実況・画像・異世界の三種に型を分類しました。
以下、各類型の説明です。
日本におけるネット怪談の伝播を語る上で切り離せないのが、ひろゆき氏が管理していた匿名掲示板2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の存在と影響力。
オカルト板洒落怖スレッド発祥の怪談の多くはのちにまとめブログに転載され、掲示板を閲覧してない人々も知る所となりました。なお姦姦蛇螺やリアル、禁后やリゾートバイトは「怖い話投稿:ホラーテラー」掲載版が初出で、オカ板とは関係ありません。
廣田氏はホラーテラー初出の話をオカ板発と混同している人の多さを指摘し、匿名性に依拠する投稿者と閲覧者の共同構築を経て、ネット怪談が拡散されていった背景を分析しました。
- 著者
- 廣田 龍平
- 出版日
本書のキーワードとなっている単語に逆行的オステンションとアネモイアがあります。
前者は特定の作品や事象の行間から伝説を創出する行為を指し、米国の匿名掲示板発祥の架空の怪人、スレンダーマンがこれに当たります。サツキとメイの死亡を仄めかす、ジブリの都市伝説も含まれるでしょうか。
それ単体ではただの意味深な画像に過ぎぬ表象に理屈付けや意味付けを求める先入観こそ、ネット怪談が芽吹く土壌となり得る。人は物語がないことに耐えられない生き物なのです。
片やアネモイアとは、直接体験したことない時代や過去の物事への郷愁を指す言葉。これは2012年前後に生まれた造語で、古い映像や音楽・映画などを介し、疑似的なノスタルジーが呼び起こされる感覚に当たります。
具体例として挙げられるのがリミナルスペース。もとは扉や廊下など移動用の人工構造物を指す建築用語でしたが、インターネットではそこはかとなく不気味な雰囲気を醸す、シュールな無人空間を表す言葉として用いられます。
2019年に4chanに投稿された「The Backrooms」ことバックルームもリミナルスペースの一種。
普通なら大勢の人がいるはずの場所に誰もいない……奇しくも非日常の溝に嵌まり込んでしまったその違和感が、不気味の谷現象に通じるホラー文脈で解釈され、インディーズゲーム「8番出口」のヒットに繋がったのは記憶に新しいですね。
火のない所に煙は立たず、人は無から有を作り出す。
1人の悪戯から生まれたスレンダーマンは無数の人々によって加速度的に拡散され、のちに「スレンダーバース」と称される、センセーショナルな社会現象を巻き起こしました。
洒落怖を知らない若者の中には犬鳴村の実在を信じる者さえいます。
クリーピーパスタの専門家であるヴィヴィアン・アシモスは、「その物語は虚構として合理的に理解されることもあるだろうが、作者と切り離されているので、現実世界の都市伝説として生を得ることもできる」と分析。
背筋や雨穴、梨が公開したモキュメンタリーホラーにも、この指摘は当てはまると思いませんか?
彼等が制作したモキュメンタリーホラーはどれもSNSや動画、ブログと密にリンクしています。ここでもまた日常と非日常の境界をぼかす、不気味の谷現象が発生しているのに注目。
故意に虚実を跨ぐ小説の構成は、背景に物語を求め、余白を考察で埋めざる得ない読者たちを「どこまで作り話?」と翻弄します。バックルームの設定が伝播過程で増殖し、自由度の高い二次創作が膨大に派生していった経緯と似ていますね。
語り手と受け手のボーダレス化は、誰でも参加更新が可能なネット怪談の最大の魅力かもしれません。ネット怪談のはじまりとこれからを知りたい方は必読の一冊、ぜひ手に入れてください。
- 著者
- 廣田 龍平
- 出版日
廣田龍平『ネット怪談の民俗学』を読んだ人には島村恭則の『現代民俗学入門: 身近な風習の秘密を解き明かす』をおすすめします。
本作は身近な迷信や風俗を皮切りに民俗学の端緒を開く、初心者向けの入門書。「何故トイレにはスリッパがあるの?」「火葬場で箸渡しをするのはどうして?」他、我々の日常に定着した疑問を解決できます。豊富な図解も理解を手助けしてくれますよ。
漫画家のzinbeiが手掛けた特別カバー版も可愛らしいです。
- 著者
- 島村 恭則
- 出版日
続いておすすめするのは朝里樹『日本現代怪異事典』。もともと趣味でイベント販売していた同人誌が編集者の目に留まり商業化、以降順調に版を重ねている人気シリーズの一作目。
登場する怪異は口裂け女・人面犬・花子さんなど全国区のメジャーなものから地方ごとのマイナーなものまで様々、それが膨大な項目別に分類されています。読めば必ず詳細な索引と脚注、作者のリサーチ力に脱帽するはず。
- 著者
- 樹, 朝里
- 出版日