2023年年末に発売された雨穴『変な家2 11の間取り図』。本作はホラー系ユーチューバー兼オモコロライターとして活動中の雨穴氏の、商業小説三作目になります。 今回は『変な家』よりさらにパワーアップした『変な家2 11の間取り図』のあらすじ、ならびに注目ポイントを、ネタバレを交えてご紹介していきます。
本作の主人公は「筆者」ことホラー系ユーチューバー雨穴氏。前々作『変な家』の刊行以来、読者から変な間取りに関する相談が多数寄せられるようになりました。
人外系ユーチューバー雨穴のベストセラー『変な家』ネタバレ解説レビュー
あなたは今をときめく人外系ユーチューバー・雨穴をご存知ですか? 本名性別正体不明、職業はwebライター。 もとは「オモコロ」で一風変わった記事を公開していましたが、ユーチューバーデビューを果たしたのち人気が加速。自作動画原案のホラーミステリー、『変な家』『変な絵』はたちまちベストセラーになりました。 今回は雨穴の作家デビュー作、『変な家』をご紹介していきます。
ある日のこと、根岸弥生と名乗る富山県在住の三十代の主婦が連絡をとってきました。喫茶店で依頼人と待ち合わせた雨穴は、弥生が持参した取り壊し済みの実家の間取り図をもとに「行先のない廊下」の謎解きを頼まれました。
嘗て弥生が住んでいた一軒家には、両親の寝室と子供部屋の境に、行き止まりの壁に突き当たる廊下があったというのです。
当時の家族構成は父と妊娠中の母の夫婦ふたり。弥生の出産を機に新築に引っ越す予定だった為、ハウスメーカー美崎が引いた図面には、両親の希望が取り入れられていました。
弥生曰く父親との関係は良好だったものの、母親には物心付いた頃から腫れ物扱いされており、気軽に質問できる関係ではなかったそうです。反面娘の体調や怪我を常に案じ、外出時は道路に面した玄関を使わず裏に回れと注意するなど、極端に過保護な二面性を持っていたのだとか。
行先のない廊下の理由には答えてもらえずじまいのまま、弥生が小学三年生の時に母は他界。介護に当たった父も後を追うように亡くなり、間取りの真相はうやむやにされてしまいます。
しかし話はこれで終わらず、母親の遺品整理中、部屋の押し入れから封筒に入った68万円が見付かります。片腕片足の折れた不気味な人形も出てきました。
封筒の中身は母が貯めたへそくりじゃないかと前置きした上で、弥生は複雑な胸の内を明かします。
弥生は早産で産まれた未熟児でした。
もしや自分には死んだ双子のきょうだいがいて、廊下の先には片割れの部屋が作られるはずだったんじゃないか……。
手足の折れた人形は半身にも等しい子供を失くした苦悩の表れ。娘への矛盾した態度は、再び子供を失うかもしれない忌避感の裏返し。
弥生の考察を聞いた雨穴は、彼女が持参した間取り図をよく見直し、別の推理を導き出します。
目次
資料1『行先のない廊下』 取材対象者:根岸弥生
資料2『闇をはぐくむ家』 取材対象者:飯村達之
資料3『林の中の水車小屋』 執筆者:水無宇季
資料4『ネズミ捕りの家』 取材対象者:早坂詩織
資料5『そこにあった事故物件』 取材対象者:平内健司
資料6『再生の館』 執筆者:某月刊誌記者
資料7『おじさんの家』 執筆者:三橋成貴
資料8『部屋をつなぐ糸電話』 取材対象者:笠原千恵
資料9『殺人現場へ向かう足音』 取材対象者:松江弘樹
資料10『逃げられないアパート』 取材対象者:西春明美
資料11『一度だけ現れた部屋』 取材対象者:入間蓮
栗原の推理
- 著者
- 雨穴
- 出版日
雨穴『変な家2 11の間取り図』は『変な家』『変な絵』に続くシリーズ第三弾。『変な家』は2024年3月15日に映画公開が予定されており、ホラーライター雨穴(雨男)を俳優の間宮祥太朗が、安楽椅子探偵の設計士・栗原を佐藤二朗が演じます。
また、雨穴氏がライターとして活動しているオモコロでも資料1『行先のない廊下』が無料公開されています。YouTubeでも動画化されているので、未読の方は雰囲気を掴んでください。
本作の特徴は前作前々作を凌ぐ胸糞ストーリー。
大量の間取りや図解を交えたモキュメンタリー様式こそ踏襲しているものの、小児性愛者による児童買春や児童虐待、不倫相手と行為中に娘と通話する異常性癖が根幹に関わってくる為、一部の読者は強い拒否感を示します。
特に辛いのが『逃げられないアパート』『おじさんの家』の二章。前者は暴力団が仕切る置棟で行われていた児童買春の実態、後者は虐待死した男児の日記の記述を抜粋しています。
ちなみに置棟は造語、この名称で呼ばれる施設は実在しません。国内外問わず児童買春を斡旋する組織や場所は存在するので、そこから着想を得たのでしょうね。
ラストの後味の悪さもまた格別で、バッドエンドを中和する救済措置は用意されていません。上げて落とす二段構えの夢オチの為、『変な家』『変な絵』にも増して読み手を選ぶ内容となっています。
11の間取りの謎解き自体は面白く、無関係と思われた事件や人物に接点が浮上し、おぞましい全貌が暴かれていく中盤以降の展開は圧巻。安楽椅子探偵・栗原が200ページ以上に亘り饒舌な推理を披露するクライマックスは、雨穴ファンならずとも引き込まれるのではないでしょうか。
点と点が結ばれ線になる、どんでん返しの快感を味わいたい方にはおすすめです。
因習ホラーミステリーの趣深い『林の中の水車小屋』、『闇をはぐくむ家』の盲点への指摘、『一度だけ現れた部屋』の磁石を用いた種明かしなど、建物の構造を逆手にとった巧妙なトリックが練られていました。
キーパーソンは緋倉ヤエコ。
建築会社ヒクラハウス社長の義理の母(嫁の実母)にして、『林の中の水車小屋』『ネズミ捕りの家』『再生の館』『逃げられないアパート』に登場する女性です。
以下、各エピソードをヤエコ基準の年表順に並べ替えます。
『林の中の水車小屋』(嬰児期・片腕欠損)
『逃げられないアパート』(青年期・事故で片足欠損)
『再生の館』(中年期・カルト教団の教祖に就任)
『ネズミ捕りの家』(老年期・孫と同居する豪邸の階段から転落死)
ヒクラハウスを世襲経営する緋倉一族は11の間取りで起きた事件事故の全てに直接的、あるいは間接的に関与しており、緋倉ヤエコの娘が黒幕とほのめかされています。
- 著者
- 雨穴
- 出版日
各パートの登場人物の関係を整理するとこうなります。
緋倉ヤエコ→緋倉美津子(祖母と孫)
早坂詩織→緋倉美津子(元同級生)
笠原千恵の父親→三橋成貴(非嫡出子)
西春明美→緋倉ヤエコ(置棟の隣人)
笠原千恵→松江弘樹(幼馴染)
松江弘樹→笠原千恵の父親(母親の不倫相手)
緋倉ヤエコの娘→ヒクラハウス社長(夫婦。社長は置棟の常連だった)
根岸弥生の母親&笠原千恵の父親&入間蓮の両親→緋倉ヤエコ(カルト教団『再生のつどい』の信者とお飾り教祖)
本作における被害者と加害者の線引きは非常に曖昧で、嘗ての被害者が数十年スパンの陰湿な復讐を行い、嘗ての加害者が償いの一環としてそれを耐え忍ぶ地獄絵図が展開されます。
典型例が緋倉ヤエコとその娘。
双方ともに被害者と加害者を兼ねる彼女たちは、断罪と贖罪の因果で結び付いた、本作の矛盾を象徴する親子といえます。
『逃げられないアパート』の西春親子を例に出すまでもなく、そうせざるを得ない状況下で我が子を切り捨て、残り一生負い目を引きずり続けたヤエコもまた、権力者が弱者を食い物にする搾取構造の犠牲者でした。
笠原千恵の父親が迎えた末路はとりわけ自業自得の感が強いです。幼い娘を不貞行為のアリバイ作りに使った代償は大きく、自分の子を孕んだ不倫相手の自殺に加え、愛人に産ませた息子の虐待死を招いてしまいました。
被害者は加害者に回り、加害者を被害者に落とす。
『ネズミ捕りの家』の証言者・早坂詩織は、緋倉ヤエコを殺した犯人として、孫の緋倉美津子を告発しました。片やエピローグに登場した美津子は、祖母の死は自殺だったと語ります。
返却したはずの義足がクローゼットから出てきたのは何故か?
本当に夢だったのか?
執念深くヤエコを追い詰めた「ある人物」が健在なことを考えると、それすら黒幕の計画の内だったのではと思えてきます。
- 著者
- 雨穴
- 出版日
雨穴『変な家2 11の間取り図』を読んだ人には東野圭吾『白夜行』をおすすめします。
本作は大阪の下町に生まれた少年少女の人生を追ったミステリー小説。
下心を持って近付いてきた赤の他人は言うに及ばず、最大の理解者であるはずの主人公までも利用し成り上がるヒロイン・雪穂の姿は、被害者から加害者へ邪悪な転身を遂げた緋倉ヤエコの娘を彷彿とさせました。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
- 2002-05-17
続いておすすめするのは本格ミステリー小説の第一人者のデビュー作、綾辻行人『十角館の殺人』。館シリーズの記念すべき一冊目にあたり、2024年3月22日より、Huluで実写ドラマの独占配信が決定しました。
十角形の奇妙な外観が特徴の洋館、通称「十角館」。天才建築家・中村青司が変死を遂げたこの屋敷で、新たな事件の幕が上がります。
『林の中の水車小屋』『一度だけ現れた部屋』のトリックがお気に召した人なら、殺人事件の舞台装置として魅力的すぎる奇々怪々な間取りや、驚天動地の仕掛けに興奮できるのではないでしょうか。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16