「ざわ…ざわ…」でお馴染み『賭博黙示録カイジ』、ドラマ化もした『銀と金』……これら手に汗握るギャンブル漫画の作者が、福本伸行なのです。 福本といえば特徴的な画風と、人間の暗部を描いたギャンブル作品で有名な漫画家。一見「金がすべて」という世界観に満ちているような作品が多く感じます。しかし、その根底には、持たざる者が富める者を討つという反骨精神が見えるのです。 そんな福本作品で注目のギャンブル漫画を、この記事ではご紹介しましょう。
漫画家・福本伸行は神奈川県に生まれ。生年月日は1958年12月10日です。高校時代は38番中37位というほど勉強ができず、進路相談の先生が呆れるレベルでした。
高校卒業後は建築会社に就職し、仕事の傍ら講談社に漫画を持ち込みます。しかし、そこであまりの絵の下手さに愕然とされ、アシスタントとして経験を積むよう勧められるのです。
そこで、入社した会社を3か月で退職。かざま鋭二のアシスタントになりました。しかし絵の修行に励むも、1年半経っても上達の気配が見えず、あまりの使えなさにとうとうアシスタントをクビになります。
そのときの、かざま鋭二の言葉が「福ちゃんは性格ががさつだから、漫画家というよりトラック運転手のほうが向いていると思う」。
その後、月収4万円のバイト生活を経て「少年チャンピオン」でデビューするも、うまくヒット作を出せません。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
長い下積み生活の後『ワニの初恋』で、ちばてつや大賞を受賞。退路を断つためバイトも辞め、漫画一本に打ち込むのです。
当初は人情ものを書いていた福本ですが、景気のよい80年代の時流から、ギャンブル漫画を描けば需要があるだろうという目論見をもち、麻雀漫画を描き始めます。その狙いは、見事大当たり。麻雀での戦いを描いた『天−天和通りの快男児』は初のヒット作になるのです。
ここから、彼の人気に火が付きます。
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誰しも一度は聞いたことがある福本の代表作といえば、この「カイジ」シリーズ。
藤原竜也主演で2度の実写映画化を果たして大ヒットしたことから、漫画のファン以外にも福本伸行の名前を広めた作品となりました。「ざわ……ざわ……」という福本独特の擬音の表現も「カイジ」から知ったという人は多いでしょう。
主人公・伊藤開司(カイジ)は上京後、特定の職につくわけでもなく、タバコを吸いながらだらだらとした生活を送っていました。金を稼ぐ努力もしないのに金持ちに嫉妬し、高級車にいたずらをするといったダメっぷり。
そんな彼のもとに、闇金「帝愛」の遠藤が現れます。実は、カイジはバイト仲間から頼まれ、借金の保証人になっていたのです。そのバイト仲間の借金は返済されることなく、その負債は彼に降りかかってきました。その額、385万円。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
- 1996-09-03
絶望するカイジに、簡単に借金を返済する方法として遠藤が紹介したのは「エスポワール」という客船でおこなわれるギャンブルで勝つこと。言葉巧みに誘われ、乗船するカイジ。しかし、そこでおこなわれていたのは、負ければ人生が終わってしまうという過酷なギャンブルだったのです。
これを境に、彼はさまざまなギャンブルに挑戦していきます。
ジャンケンカードを使って得点を奪い合う「限定ジャンケン」、高層ビルの間にかけられた鉄の橋を渡る「鉄塔渡り」、負ければ鼓膜を破られる恐怖のカードゲーム「Eカード」……。福本伸行によって考えられた、独特のギャンブルの数々。そこでくり広げられる心理戦は、まさに見ものです。
また極限状態に追い詰められた時の人の醜さ、そして勇気や信頼なども描かれており、ヒューマンドラマとしても楽しめる漫画となっています。
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特に鉄塔渡りのシーンでは、その心理描写が見事です。落ちれば死ぬ鉄の橋を渡る人々。進むためには前で立ち止まっている競争相手の背中を押し、落とさなければなりません。自分の保身のために他人を突き落とす彼らの姿に、見物人の金持ちは大喜び。カイジもまた、前の人間に追いついてしまいます。
後ろからは別の競争相手が迫り、自分が押さなければ逆に後ろから押されてしまう場面。金持ちからの押せ押せコールに、カイジは、
押さなきゃ押されるとしても……俺は押さない……!
(『賭博黙示録カイジ』6巻より引用)
涙を流しながらも、他人を犠牲にしないという自分の矜持に従うのです。彼は自他ともに認めるダメ人間ですが、ぎりぎりの状況でも人を信じ、強者に牙をむき弱いものをかばう主人公的な気質も持っています。
彼が土壇場で見せる、貧者が富める者に向かう下剋上精神、刹那のカッコよさが、この作品を人気足らしめているのかもしれません。
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『天−天和通りの快男児』の主人公・天の最初の強敵として登場したのが、中年になった赤木しげる(アカギ)。つまり、この作品は『天−天和通りの快男児』のスピンオフということです。
アカギの人気が高くなり、彼の少年期から青年期を描いた作品を、ということで生まれたのがこの『アカギ〜闇に降り立った天才〜』なんですね。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
お人よしでだまされやすく、ギャンブルでの大敗も珍しくないカイジ。その真逆を行く主人公が、福本が生み出したもう1人の強力なキャラクター・赤木しげるです。
大金欲しさからギャンブルジャンキーになっていくカイジに比べ、彼にあるのはギャンブルの快感を追い求める強烈な渇望のみ。自分の保身を一切顧みないギャンブルへの姿勢は、相手を圧倒します。
1958年、太平洋戦後の日本。ある雀荘で、借金の清算のためにヤクザと賭け麻雀を打つ南郷。彼には保険金がかけられており、負けたら金のために殺されることがわかっていました。しかし負けが込んできた彼は、この流れを変えてくれるきっかけを求めます。
そこに迷い込んできたのは、ずぶ濡れの中学生でした。この少年の名前は、赤木しげる。若くして白髪、奇妙な雰囲気を持った彼のおかげで一時麻雀は中断します。胸をなでおろす南郷。
再開した麻雀で、南郷にチャンスの手が入ります。ただし高い点数をもらえる役を作るには、危険な牌を捨てなければなりません。もし一歩間違えれば、相手が先に上がってしまう場面。安全な手に逃げようとする彼ですが、その時背後から見ていたアカギがつぶやきます。
死ねば助かるのに…
(『アカギ―闇に降り立った天才』1巻より引用)
アカギのセリフでも有名な、この言葉。冒頭から博打は保身を考えず、己を捨てて勝てるという彼の本質が伝わってきます。この言葉をきっかけに、ハイリスクな選択をした南郷。これが成功し、この局をものにした彼は、麻雀初心者のこの少年に何かを感じ、自分の代わりに麻雀を打ってくれと頼むのでした。
そして、なんとアカギは登場時13歳で、麻雀の才能を見せています。その後成長した彼は、戦後日本の裏社会を支配してきた帝王・鷲頭巌を倒すため血をかけた麻雀「鷲頭麻雀」に挑むことになります。
アカギは麻雀においては圧倒的な強さを誇りますが、その本質にあるのは無欲。悟りを開いているような透明な感覚と冷静さを持っているキャラクターです。共感できるタイプの主人公・カイジとは一味違う魅力があるといえるでしょう。
「アカギ」については<漫画「アカギ」の魅力を最終回までネタバレ紹介!約27年続いた名作!>の記事で、魅力を詳しく紹介しています。
「カイジ」「アカギ」より知名度は劣りますが、福本ファンの間では最高傑作として名高いのが本作。
裏社会で活躍するフィクサー・平井銀二と、彼に見いだされた強運の持ち主・森田鉄雄のスリリングな冒険を描いた作品となっています。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
- 2014-07-28
バブルも盛りを過ぎた、低迷期の日本。競馬場に通い詰める青年・森田鉄雄は、はずれ馬券の紙が万札に見えるほど追い詰められていました。そんな彼に声をかけてきた謎の男・平井銀二。彼は、森田に仕事を依頼したいというのです。
両親兄弟もなく、定職にもついていない身軽な森田の経歴に目を付け、裏社会でのパートナーに抜擢しようとしていたのでした。
その条件として銀二は、森田に「嘱託殺人」を依頼します。苦痛にさいなまれながら死ねない老人と、彼の遺産を狙う息子。もし老人を殺しても絶対発覚はしないし、誰も苦しまないと森田を誘います。
大金を前に決断を迫られる森田。結局金のための殺人を許せず、話を断る森田。これを陰から見ていた銀二の仲間は、彼に期待したのは目論見違いではないかというのですが、
根っこのところで卑しい人間は信用できねえ……。
人だ……金より上に人をおいている。
自分の頭で考え動ける……まっとうな人間だ……!
(『銀と金』1巻より引用)
銀二は、森田をそう評します。
このように、悪党でありながら銀二には筋の通ったカッコよさがあります。森田は徐々に、そんな彼にあこがれていくようになるのです。株の裏取引、殺人犯との心理戦、政権交代の舞台裏での駆け引きなどさまざまな要素が組み込まれ、福本の世界の広さに驚くこと間違いなしの作品です。
一方で、ギャンブル描写も多彩。ゴッホの絵画をかけて偽物を当てる勝負、掛け金が青天井のポーカー対決、そして、金を持っているほうが有利になる「誠京麻雀」……。
対戦相手の蔵前は、負けた人間を地下で裸のまま檻に入れ、文字通り飼い殺しにする下劣な大富豪です。森田は自決覚悟で、彼に挑みます。資金力に圧倒的な差がある森田と銀二のコンビですが、まさに命がけの策で蔵前の全財産を奪いにいくのです。
最終局面、危険な場面をなんとかしのいだと喜ぶ蔵前に、銀二が言い放ちます。
会長は今、見あやまりました。地を這う人間の情念を……!
(『銀と金』6巻より引用)
本作の面白さは、ここにあります。力のない者が圧倒的な強者を討つ、下剋上の爽快感。ぜひ味わってみてほしいです。
さて、物語の後半。ある土地の名士一家で起こった血なまぐさいお家騒動を扱った「神威編」にて、森田は悪人の世界に生きることに絶望してしまいます。これをきっかけに、彼は銀二と袂を分かつのです。
そして平井銀二のみが活躍する「競馬編」が描かれた後、本作は唐突に終わりを迎えます。ストーリーにちりばめられた数々の伏線、休載後復活しないままの終了から、物語は「未完」だと思われます。
これだけの内容をこのまま終わらせておくのは、実にもったいない!いつか続きを読みたい作品です。
『銀と金』については<漫画『銀と金』名言、登場人物、全編の見所をネタバレ!シビれる名作が無料!>の記事でも紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
この作品は、人情モノを描いていた福本がギャンブル漫画に転向したきっかけになったもの。
本作も最初は主人公の麻雀勝負請負人・天貴(てん たかし)と井川ひろゆきが下町の人間とくり広げる人情劇でしたが、しだいに本格的な麻雀漫画となっていくのです。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
本作のストーリーは、大まかに分けて3部構成になっています。人情ものの名残がある第1部、アカギや天がタッグを組んで関西ヤクザと麻雀勝負をする「東西戦」を描いた第2部。
そして第3部。麻雀漫画なのに一切麻雀をせず、ひたすら人生観の問答に終始するこの第3部は、衝撃的です。
東西戦から9年後、アカギの通夜の知らせが新聞に載ります。この訃報を見て通夜会場に集まってきた、東西戦の仲間とライバルたち。しかし、アカギは生きていました。そして通夜の夜に死ぬ予定になっていると告げるのです。
彼はアルツハイマーに罹り、自我が崩壊する前に安楽死を実行することにしていたのでした。集まったメンバーは自死を思いとどまるよう彼を説得しますが、アカギの言葉は、逆に説得しに来た者の人生観を揺るがせます。
特に「天」のもう1人の主人公・ひろゆきに対する言葉。東西戦で数々の実力者を見たひろゆきは人生をかけた麻雀を捨て、普通の会社員として半分死んだような生活を送っていました。停滞している彼の現状を見抜いたアカギはひろゆきに、傷つくことをおそれず勝負に行けと促します。
麻雀の才能のない三流の自分がそんなことをしても、失敗して嫌な目に合うだけだと反論するひろゆき。しかし、アカギはこう言い放つのです。
いいじゃないか……!三流で……!熱い三流なら上等よ……!
(『天―天和通りの快男児』18巻より引用)
退屈な人生を生きているだけの人なら胸を打たれる名言ではないでしょうか。麻雀漫画を読まない人でも、この3部だけは読んでほしいと思います。そこに福本伸行の人生に対する姿勢のようなものが描かれているからです。
最後に、福本ギャンブル漫画の初期作品集『銀ヤンマ 雀鬼達の伝説』を紹介します。
収録された3編すべて、麻雀漫画の短編です。ここには「アカギ」「天」『銀と金』の原点があります。特に表題作の「銀ヤンマ」には、福本作品を読んでいる人間なら見覚えがあるシーンが多々登場するはずです。
本作は、麻雀勝負請負人の平井銀次が活躍する話です(『銀と金』の主人公・平井銀二と漢字が一文字違うだけです)。実はこの銀次の本業は、刑事。しかし、その麻雀の腕は「化け物」と称されるレベルなのです。
- 著者
- 福本 伸行
- 出版日
ヤクザに騙されて、イカサマの賭け麻雀で土地の権利を手放さざるを得なくなった呉服屋の店主に代わり、勝負を請け負う銀次(この設定は「天」の初期のストーリーに酷似しています)。相手はイカサマ麻雀の達人・志村です。
ギリギリまでもつれ込んだ勝負を、銀次は鮮やかなイカサマ返しでものにします。しかし、麻雀を打っていたのはヤクザのビルの一室。頭上には監視カメラが仕掛けてありました。イカサマがばれれば、勝つことはできません。しかし、
化身だ―、この男、麻雀の化身!!
(『銀ヤンマ 雀鬼たちの伝説』より引用)
志村は戦慄します。銀二の計算は、ヤクザの思惑を上回っていたのです。
他に、病に侵されたガン牌達人の最後の勝負を描いた「ガン辰」、代打ちの世代交代劇を書いた「遠藤」が収録されています。
貧乏な下積み生活の長かった福本伸行。そのとき感じた人生観が、彼のギャンブル漫画に反映されているようです。
どんなに金を持っていても、人として満足した人生が送れるかどうかは別の話。金の世界に生きるはずの福本キャラクターが「金の上に人を置ける」人間を重視しているところを、ぜひ読み取ってほしいと思います。