日々の生活に追われ、せわしない現代社会。ストレスを解消するには、泣くことが効果的だそうです。そこでこの記事では、大人もついつい泣けるおすすめの感動小説を紹介していきます。定番から名作まで、気になるものがあったらぜひ読んでみてください。
この物語は、村内という非常勤講師がさまざまな学校を転々としながら生徒たちと交流していくというストーリーです。
村内は吃音持ちです。人との会話の際言葉がつっかえてしまってうまくしゃべれない、そんな彼は大切なことしか言いません。
- 著者
- 重松 清
- 出版日
- 2010-06-29
うまくしゃべれない、というのをマイナス要素ではなくプラスとして生徒に寄りそう教師の姿が描かれた作品です。短編連作の形式をとっており、全部で8編の短編が収録されています。それぞれの短編作で、彼は傷を抱えた中学生たちに出会います。
たとえば最初に載っている「ハンカチ」というお話では、場面緘黙症の少女が出てきます。場面緘黙症とは、家庭などでは話せても社会不安から学校などの特定の場面や状況では話すことができなくなる症状のことです。
精神的な理由で話せなくなってしまった少女にかける、村内の言葉はとても優しいものでした。最後に勇気を出す彼女の姿にも、胸打たれます。中学生たちの心の傷を、静かな言葉で解きほぐす教師の姿に感動を覚えることでしょう。
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家族の情景を描いたストーリーが二編収録されています。一作目は妻に先立たれシングルファーザーとなった親友の家で、家事を担当しながら居候をさせてもらっている渡辺毅のお話。二作目は二度の離婚を経験したキャリアウーマン、児島律子のお話です。
- 著者
- 鷺沢 萠
- 出版日
- 2006-08-29
渡辺毅の話では、男の友人の家で妻のような役割をしている自分自身に対する違和感、男の沽券が傷つけられたかのような感覚を覚える毅の様子が描かれています。親友の家で家事を任されている毅も、毅に家事と育児を任せている親友も、家事が一切できない毅の彼女も、普通じゃないといえば普通じゃない、だがそれは本当に普通じゃないのだろうかと読者に問いかけてきます。
児島律子のパートは、離婚した夫の連れ子と数年ぶりに再会する「育ての親」の話です。彼女はバリバリのキャリアウーマンですが、男関係にはどうも苦労して生きています。二回の結婚と二回の離婚をした彼女にとっての一時のやすらぎであった二回目の夫の連れ子である聖奈、彼女の結婚相手を名乗る男が律子を尋ねに来るというお話です。
渡辺毅の話も児島律子の話も、どちらも普通の家族とはなにかを問うような内容です。世間からすれば普通ではない、でも温かい、そんな心安らぐ一冊になっている本ともいえるでしょう。人と人との絆、その強さに強い感動を覚えます。
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二つの国が戦争しているという状態のとある異世界を描いたファンタジー作品です。主人公のシャルルという青年はこの戦争している二つの国「レヴァーム皇国」と「天ツ上」のハーフである複雑な身の上です。敵国の血が混ざっていることで迫害されてしまった彼は、幸いにも一人の神父に拾われ成長し、傭兵の飛空士(パイロット)としてレヴァーム皇国に仕える日々を送ります。
そんな彼に下された一つの命令、それは傭兵であり、しかしたしかに実力を持つ彼にしかできない重要任務で次期皇妃ファナを1万2千キロ先の皇都へと送り届けることでした。
迫害された孤児である主人公と、皇国の時期皇妃であるヒロインの身分違いの恋を描いた物語になっています。1万2千キロ先という途方もない、しかし限られた時間の中でしか、彼らは一緒にいることを許されません。
- 著者
- 犬村 小六
- 出版日
- 2008-02-20
その中で少しずつ互いに惹かれ合い、しかしあと少しでいなくなってしまうという状況が二人の恋を掻き立てるのです。しかも彼らは身分が違い、シャルルはファナを「無事」に送り届けることが任務でもあるなど二人の間には数多くの障害が立ちふさがります。
彼らの旅の結末はいったいどうなってしまうのか、シャルルの選択には思わず胸を打たれます。愛の物語であり、そして悲しい別れの物語に思わず涙がでることでしょう。
現代風の文体でひと続きに描かれた「愛する人の死」と「小説」をめぐる6編の短編集です。短編集の軸は小説家の主人公、治とその恋人について描かれた3作品「柿緒Ⅰ」「柿緒Ⅱ」「柿緒Ⅲ」で、その間に小説家の治が書いたであろう3作の短編小説が挿入されているという形になっています。独特な文章で最初は戸惑いますが、読み進めていくうちにその世界観に引き込まれます。愛が心に染みる小説です。
治が書いたであろう短編「智依子」はASMAという虫が体に住みつき臓器を食い荒らされて闘病中の智依子と、その恋人の拓也のやりとりが拓也の視点で語られる短編です。愛を伝えることについて考えさせられところが魅力的な話です。
人は好きな人が死に瀕していたら相手のために何ができるか、何を言ってあげたらいいかと考えると思います。でも自分が相手にどうして欲しいか、自分が相手に何を伝えたいかが大切でそれが愛することだと、話全体を通して訴えかけられます。はかなく美しく余韻の残る物語です。
- 著者
- 舞城 王太郎
- 出版日
- 2008-06-13
主人公の治は小説家です。治の彼女の柿緒は癌に侵され、命を落としてしまいます。治は柿緒の死後も小説を書き続けるのですが、その小説の登場人物の女の子が自殺したり、女の子が死にまくったりする内容でした。それを読んだ柿緒の弟は、死んだ姉をモチーフにひどい内容を書くなと治を責めます。
それをきっかけに治が、自分の小説と柿緒への愛と死について考察するという話です。治の独白のような形で書かれていて、読みながら治の思考が流れ込んできて引き込まれます。
愛する人の死とそれをモチーフに小説にすることを通して、愛とはなにか、誰にでも起こりうる恋人の死への捉え方が語られていて心を揺さぶられる作品です。決して涙を誘う内容ではないのですが、現実的で愛について考えるきっかけをもらえます。
愛する人の死という重いテーマを扱いながら、独特の語り口で人を愛することの素晴らしさが軽やかにに伝わってくる短編集です。お互いの役割とかそんなことはあんまり考えずに加減せずに相手のことを好きになる、相手に伝えたいことを伝える、誰にでも起こりうる愛する人の死の悲しみや悔しさの向こうにあるものをみるといった心に響くメッセージもたくさん散りばめられています。愛について書かれた傑作です。
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自分が脳死状態になったと想像してみてください。脳死状態は、意識を取り戻したり、呼吸器をはずした状態では生きていけないと判断されているということ。しかし伝える術がないだけで、実は意識があるとしたら……。
表題作「失われる物語」は脳死状態と思われていた男性が、動けないだけで意識ははっきりとしており、その気持ちを伝える術がないという状況から始まります。
- 著者
- 乙一
- 出版日
ストーリーが進む中で「なぜ自分を死なせてくれなかったのかと、幾度も神様を呪った」という言葉がでてきます。自分の気持ちはあるのにそれを全く表現できない生殺しのような時間を、気が遠くなるような長い間耐えなければならないと知った時、あなたならどう感じるでしょう。
動けなくなった男性のもとを頻繁に訪れる妻と娘。娘は男性の腕を鍵盤に見立ててピアノを弾いて聞かせます。それは動けない彼にとって楽しみな時間です。しかし時は流れ、少女が大人になっていき、時が流れると周りの人たちの疲れを感じ取ってしまいます。そんな時、彼は勇気ある決断をします……。
出たいのに出られない透明な檻の中に囚われた男性の日々は、誰を恨むこともできない人生の残酷さを感じさせ、切なく涙が出そうになります。自分の死や親しい人の死を考えるきっかけになる読み応えのある作品です。
他には「Calling You」「手を握る泥棒の物語」「幸せは猫の形」「僕の賢いパンツくん」「マリアの指」「ウソカノ」が収録され、7つの短編集で構成されている飽きがこない1冊です。
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少年時代のある夏休みを描いた本書。発表当時から高く評価され、舞台・映画にもなった児童文学の名作です。世界各国でも翻訳され、絶賛を浴びています。一度読めばきっと記憶に残る、忘れられない一冊になるでしょう。
- 著者
- 湯本 香樹実
- 出版日
- 1994-03-01
主人公は小学6年生の「ぼく」、その友人の山下、河辺の3人。3人は「人が死ぬ瞬間を見てみたい」という好奇心から、町外れに住む一人のおじいさんを観察することに。それに気づいたおじいさんは最初憤りますが、だんだんと彼らがやってくるのを楽しみに待つようになります。
一日中こたつの中でテレビを見て、食事はコンビニ弁当中心の生活をしていたおじいさん。しかし、少年たちと出会ったことで買い物に出掛けたり、荒れた家の周りを片付けたりするようになります。彼らの「期待」とは裏腹に、だんだん元気を取り戻していくおじいさんに、少年たちは少々面食らいますが、徐々にゴミ出しなど家事を手伝うように。そして彼らの中に育った連帯感。好奇心から始まった「観察」はやがて、おじいさんとの深い心の交流に形を変えていきます。少年たちはおじいさんから、草花の名前、正しい家事の方法、戦争の悲惨さなど様々なことを学んでいくのです。
やがてその交流を無残にも断ち切ってしまう別れが……。しかし、山下の一言が、おじいさんと少年たちの交流は続いていることを爽やかに伝えてくれます。
「だってオレたち、あの世に知り合いがいるんだ。それってすごい心強くないか!」(『夏の庭』より引用)
折に触れて読み返したくなる、永遠に語り継がれるであろう名作です。
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本書は、主人公紀子の小学3年生から高校3年生までの9年間を描いた長編小説。主人公が体験する様々な事柄は、細部までとてもリアルに描かれています。大人の読者であればきっと共感を覚え、まだ若い世代の読者は、自分の将来に想いを馳せるでしょう。
- 著者
- 森 絵都
- 出版日
- 2006-02-17
「私は、『永遠』という響きにめっぽう弱い子供だった。」(『永遠の出口』より引用)
この一文から始まる本書は、読み進めるにつれて切ない感情を読者の心に呼び起こす、不思議な力を持っています。多感な時期の心模様を描いた作品は数知れど、本書が特に魅力的なのはまるで著者が現在その時期を生きているかのように描写がリアルな点。
「すべてを見届け、大事に記憶して生きていきたいのに、この世界には私の目の届かないものたちが多すぎた。取りこぼした何かを嘆いているうちに、また新しい何かを見逃してしまう。」
「いろいろなものをあきらめた末、ようやくたどりついた永遠の出口。私は日々の小さな出来事に一喜一憂し、悩んだり迷ったりをくりかえしながら世界の大きさを知って、もしかしたら大人への入り口に通じているかも知れないその出口へと一歩一歩、近づいていった。」(『永遠の出口』より引用)
自分の多感な時期を思い起こせば、これらの箇所は確かにしっくり感じられるのではないでしょうか。また、まさに今多感な時期を過ごしている読者にとっては、ある種の救いのようにも感じられるでしょう。
小学三年の頃の誕生日会にまつわるちょっとした騒ぎから、恐怖でしかなかった担任の先生、非行に走りかけた中学時代、高校生になり憧れて始めたアルバイト、胸をときめかせた初恋が実らなかったとき……など、誰もがどこかに共感を覚える話ばかり。特別派手で大きな出来事は起こらないけれど、そんな普通の日常の中にも小さな事件は隠れている……。主人公紀子に、また彼女と同じようにもがきながら日常を生きてきた自分自身にも、労いの言葉をかけてあげたくなる、そんな作品です。
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主人公の少女、まいが祖母の家で過ごす一月あまりの時期を描いた作品。まいと祖母の心の交流、まいの人間としての成長が鮮やかに描かれています。彼女と一緒に読者も人生について学び、成長できる、人生の指南書のような作品です。
- 著者
- 梨木 香歩
- 出版日
- 2001-08-01
まいは、中学に進んで間も無く学校へ足が向かなくなってしまいます。そんなまいを心配し、両親は山梨に住むまいの祖母こと「西の魔女」のところに彼女をしばらく預けることに。まいは最初乗り気ではありませんが、豊かな自然の中で英国人の祖母と過ごすうちに、閉ざされていた彼女の心が少しずつ開いていきます。
実の娘、まいの母までも「魔女」と呼ぶ祖母はどんな魔法を使うのだろうと不思議に思うまい。そんな彼女に祖母は「魔女修行」として生活の知恵を丁寧に、少しずつ伝えていくのでした。早寝早起き、起きたらきちんとベッドメイクをすること、食事はきちんと摂ること……といった基本的なことに加え、自分で育てたハーブを使った料理、摘んできたイチゴで季節のジャム作り、ハーブティーを使った洗濯、毎朝新鮮な産みたて卵を取りに行く……などといった小さな幸せに包まれた「魔女修行」。
「魔女修行」の途中でまいは誰にも話せなかったことを祖母に打ち明けます。祖母がそれに返してくれた一言一言はとても静かに、でもしっかりとまいのこころに染み入るのでした。
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、誰がシロクマを責めますか。」(『西の魔女が死んだ』より引用)
夏が終わるころ、まいは家族の元へ戻っていきます。祖母との間に小さなわだかまりを残したまま……。再会のとき、祖母はまいに約束した通り「魔女」の方法で、彼女に愛を伝えてくれます。読者の心もフッと柔らかく解け、ふつふつとした確かな感動を感じるでしょう。
本編の後には、まいのその後を描いた『渡りの一日』も収録されており、読み応え抜群です。
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不動の人気を誇る吉本ばなな。本書は記念すべき彼女のデビュー作です。台所を愛する、天涯孤独の身になった主人公が再び人の温かさに触れ、立ち直っていく物語。同時収録された短編『ムーンライト・シャドウ』も必読です。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
本書は、『キッチン』、その続編『満月ーキッチン2』、そして別の短編『ムーンライト・シャドウ』の3篇で構成されています。
『キッチン』の物語は、主人公みかげが唯一の肉親であった祖母を亡くすところから始まります。孤独の中、一番安心するからと毎日台所で眠っていたみかげ。そこに手を差し伸べたのは、祖母がよく通っていた花屋の店員、雄一。彼はみかげに、彼とその母親(実は父親)が住む家で一緒に暮らさないかと持ちかけます。最初は戸惑うみかげでしたが、雄一の家の台所を見た彼女は心を決めます。
「うんうんうなずきながら、見てまわった。いい台所だった。私は、この台所をひと目でとても愛した。」(『キッチン』より引用)
妙に落ち着いた雰囲気を漂わせる雄一と、亡くなった妻以外誰も好きにならないからと「母親」(女性)になった彼の父、えり子。少し不思議な関係性の中に流れる優しさに、みかげの心も少しずつ癒されていきます。
続編『満月ーキッチン2』では、雄一の身に悲しいことが起きてしまいます。落ち込む雄一を支えるみかげ。2人は同じ悲しみを味わった者として、恋愛感情よりも深い絆で結ばれています。苦しみ、喪失に向き合いながらも手を取り合って前に進もうとする、みかげと雄一の心の触れ合いが胸を打ちます。
最後に収録された別の短編『ムーンライト・シャドウ』も、大切な恋人を失った主人公が苦しみながらも前に進もうとする姿を描いた作品です。登場人物の心の動き、情景描写が実に美しく、この『ムーンライト・シャドウ』が吉本ばなな作品の中で最も好きという読者も多いそう。
一生心に残るであろう、必読の一冊です。
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本書は第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞を受賞した、著者の代表作です。映画化もされ話題になりました。主人公の高校で開催される「歩行祭」を舞台に、大人になりつつある高校時代の心情をリアルに描いた傑作です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
朝8時から翌朝の8時まで、全校生徒が夜を徹して80キロを歩き続けるという、北高伝統行事「歩行祭」。主人公の高校3年生、甲田貴子は高校最後のイベントであるこの行事に、ある「賭け」をしていました。
それは同じクラスの西脇融と話をすること。貴子の母親は、亡くなった融の父親のかつての浮気相手。実は兄弟である貴子のことを徹底的に避け続ける融に、貴子は歩行祭を機会に話しかけてみようと決意します。そして融から返事をもらい最初の「賭け」を成功させたら、次は彼に自分たちの境遇について話をしようと提案する2番目の「賭け」も用意していました。果たして貴子の「賭け」は成功するのでしょうか……。
貴子と融だけでなく、彼らの友人たちのそれぞれの事情、心の描写も見事に描かれており、「歩行祭」という1つのイベントを通してここまで世界観を広げられる著者の力量に、感動を覚えるでしょう。自分の高校時代に同じような行事があったという人もそうでない人も、きっと自分の青春時代と重ね合わせて読み進め、懐かしく新鮮な気持ちに浸ることができる、美しい作品です。
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本書は、駅伝県大会出場を目指しひたむきに頑張る中学生6人と、その顧問の女性教師との物語。友達や仲間の大切さ、一つのことに団結して努力していく美しさが描かれている、爽やかな青春小説です。
- 著者
- 瀬尾 まいこ
- 出版日
- 2015-03-28
本書は、駅伝に至るまでのメンバーの回想によって構成されている小説。6人それぞれの担当区間ごとに語り手が変わり、物語自体も襷を渡しながら駅伝を走っているかのような、面白い繋がりになっています。
舞台は市野中学の陸上部。厳しくて有名な顧問の先生のおかげで、毎年県大会に輩出される名門陸上部でした。しかしその先生が異動になり、美術担当の女性、上原先生が新しく顧問になります。陸上のことは何も分からず指示が出せない上原先生に、部員たちは緊張感をなくし、練習は次第にいい加減なものになります。ついに駅伝に出場することも危うい状況になってしまい、なんとか県大会に出場するため、部長の桝井は足りない3人のメンバーを募集。
最初は寄せ集めだった6人のメンバー。それぞれが個々の事情を抱えながら駅伝に臨む中、だんだんと育っていくチームの連帯感、友情。チームワークが大切な駅伝ですが、走っている間は誰も助けてくれない孤独なスポーツです。
元いじめられっ子だったり、頼みごとを断れない性格で苦しんでいたり、不良と言われ挑戦する気持ちを忘れていたり…‥とそれぞれの事情を抱えるメンバーが、走ることを通して変化していく様子を美しく描いています。最初頼りない顧問として描かれていた上原先生も、ふわっとしているようでいて生徒をしっかり見守れる存在になっていきます。
「高校に大学にその先の世界。進んで行けばいくほど、俺は俺の力に合った場所におさまってしまうだろう。力もないのに機会が与えられるのも、今だけだ。速さじゃなくて強さでもない。今、俺は俺だから走っている。」(『あと少し、もう少し』より引用)
特に感動的なのは、部長の桝井がアンカーとして最後の6区を走る場面。最初まとまらなかったメンバーを必死でまとめようと頑張っていた桝井の、知られざる心の葛藤が描かれています。
「中学校最後の夏休み。おれは塾にも行かず参考書も開かず、走ってばかりいた、大会に出られるのか不安だった。走れなくなって行く自分に、どんどん自信がなくなった。だけど、メンバーが増えるたび、胸が弾んだ。みんなが速くなる度、わくわくした。」(『あと少し、あと少し』より引用)
学生時代に運動部に所属していた人は、さらに登場人物たちに共感して楽しめるでしょう。爽やかで切ない青春小説を読みたくなったら、ぜひ本書を手に取ってみてください。
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平凡さを退屈に思う旅館の中学生の息子、逸夫が同級生の敦子と祖母いつのある嘘を知ってしまうことで、成長を遂げる青春の物語です。
中学2年生の吉川逸夫は両親が営む旅館に父の良平と母の珠子、生まれたばかりの弟の多々朗、祖母いつと一緒に暮らしていて、旅館の従業員たちや友人の智樹とも交流しながら日々普通に過ごしていました。逸夫は、物心ついた頃から延々と続く生活に対して自分のことを平凡、退屈だと感じているのでした。
そんな逸夫は文化祭をきっかけに小学6年生のときに他の町から引っ越してきた同級生の敦子と話すようになります。敦子は引っ越してきてから最近まで同級生にいじめられていたことを逸夫に打ち明けます。そして、いじめられていたことを忘れるために小学校卒業時のタイムカプセルに入れてしまったいじめの事実を書いた復讐の手紙を取り替えるのを手伝って欲しいと頼むのでした。
2人は手紙の取り替えを実行するのですが、実は敦子の頼みには別の秘めた真意があったのです。また同じ頃に、逸夫は祖母いつが時おり見せる不可解な言動が気にかかり、ダムに沈んだ彼女の育った村に関するいつの罪と嘘を知ってしまいます。この2つのできごとを機にこれまでの平凡な日常が逸夫から遠ざかっていくのです。
- 著者
- 道尾 秀介
- 出版日
- 2014-08-12
絶望するようなつらい状況にあるときに、どんな風に乗り越えるか、どう向き合うか考えさせられます。
祖母いつの秘密と同級生の敦子の悩みが暗く重いものなのですが、逸夫が2人のために奔走する優しさが本全体を通して伝わってきて温かい気持ちになります。逸夫のこれまでの平凡な日々が戻らない喪失感と、人の痛みを感じながら成長し大人になっていく姿に青春特有の切なさと輝きを感じるのです。
また、きらきら光る天気雨や透き通るダムの水、赤や黄色に染まった紅葉といった美しい景色が目に浮かぶ情景描写によって物語の世界観に引き込まれます。そして物語の構成にも著者のちょっとした意図が仕掛けられていて、はっと驚かされます。
これら全ての要素がうまく噛み合い、全てはこのためだったと納得させられる美しいラストシーンを迎えるのです。読み終わったときに余韻が残りじわじわと温かさに包まれる、一筋の希望を感じる作品です。
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阪神・淡路大震災を経験した教師、小野寺徹平が東日本大震災によって教師が足りなくなった東北地方の小学校に赴任し、本音の交流で被災地の様々な問題に向き合う、社会派小説です。
東日本大震災によって甚大な被害を受けた東北三県から教師が足りないという要請を受けて、かつて阪神・淡路大震災を体験した小野寺徹平は志願して神戸から震災の傷跡が生々しく残る東北地方の小学校に派遣されます。
小野寺は6年2組を担当することになるのですが、赴任して子どもたちの様子を見て、未曾有の災害で大人たちが多大なストレスを抱えているために、子どもたちが大人に気を遣いお利口にしている、我慢をしすぎていると感じます。そこで「子どもはのびのび育てる。大人の犠牲にしてはならない。」をモットーに、子どもたちが毎日やっていられないと思うことを書く「わがんね新聞」を周囲の反対を覚悟で発行したのです。
小野寺は子どもたちや周りの大人たちと本音の交流を目指しながら、災害による環境汚染、原発問題による子供同士のいじめ、災害時の正しい判断、マスコミ報道、ボランティアのあり方、記憶の風化など被災地で起こる色々な問題に正面からぶつかっていきます。
- 著者
- 真山 仁
- 出版日
- 2015-12-15
日頃のマスコミ報道とは違った角度から被災地で起こっているできごとを問題提起されて、被災地や災害について改めて考えるきっかけになります。重いテーマを扱っているにも関わらず、小野寺の「まいど!こわがりは最強!」と言ってしまうような明るい率直さ、ユーモア、関西弁のおかげで暗くならずにするすると読めてしまうのです。
魅力的な人物がたくさん登場するのもこの本に引き込まれる要因でしょう。阪神・淡路大震災の傷を抱えながらも子どもたちのために動く小野寺はもちろんですが、同じく子どもたちのためになることを第一に考え、軋轢を生みやすい小野寺を温かく見守り支える洞察力に優れた校長先生、災害のつらさを受けとめ前向きに力強く生きる子どもたちの姿は学ぶところがたくさんあります。
この本は阪神・淡路大震災、東日本大震災という2つの大災害を通して私たちに生きる指針を示してくれる勇気の出る作品です。
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社会という「砂漠」の中に佇む、大学生活という「オアシス」。本書が描くのは、そんな「砂漠」に一歩踏み出す前の日々を懸命に生きる5人の大学生の日常。読み終わった時、一種の爽快感を感じる前向きな青春小説となっています。
- 著者
- 伊坂 幸太郎
- 出版日
- 2010-06-29
主人公は大学の法学部に入学した「僕」。妙に冷めたクールな性格のせいで、周りの大学生のテンションに馴染めず友達がなかなかできません。そんな中、飲み会で話しかけてきた鳥井が、「中国語と確率の勉強」(=ようは麻雀)をしようと誘ってきます。
そして集まったのは、「僕」と同じく周囲になかなか馴染めなさそうな個性的な面々。能天気な鳥井の他に、周りの空気を読まない変わり者と呼ばれている西嶋、そして無愛想だけれどとびきり美人な東堂と、恥ずかしがりで引っ込み思案な南という2人の女子。
麻雀について何の知識が無いのに、ひょんなことでこのメンバーに加わることになった「僕」ですが、だんだんとメンバーと打ち解け、友情を育んでいくようになります。(なぜこのメンバーに「僕」が呼ばれたかという理由は是非本書でお確かめください。)
本書は春、夏、秋、冬の4章に分けられ、季節ごとに5人が遭遇する様々な出来事を描いていきます。その出来事の中で炙り出される5人の友情の絆と、恋愛模様。大学生の日常を描いているとはいえ、5人が遭遇する出来事は少々衝撃的。空き巣のグループと鉢合わせしたり、超能力者の争いに巻き込まれたり、「プレジデントマン」と呼ばれる通り魔に遭遇したり……と、ごく普通の大学生活では経験しない事件が次々起こります。そんな中、5人のうち1人が窮地に追いやられてしまいます。そこで「変人」の西嶋が発する、鋭い一言。
「西嶋が、ぱかっと口を開き、『その気になればね、砂漠に雪を降らせることだって、余裕でできるんですよ』と断言した。」(『砂漠』より引用)
辛い時や苦しい時、状況に流されながら助けを待つだけではなく、不可能に見える状況でも自分の手で奇跡を起こしていく。本書は登場人物と同世代の読者だけでなく、大人になってしばらく時間が経つ読者をも勇気づけてくれる、前向きなエネルギーであふれています。
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人気作家有川浩によって描かれた『レインツリーの国』は、インターネットを通じて交流するようになった男女の物語です。「図書館戦争」シリーズの中で架空の小説として登場し、後に著者によって書き下ろされ、実際の小説として刊行されました。
- 著者
- 有川 浩
- 出版日
- 2015-09-24
主人公の向坂伸行は、中学生の頃に読んでいた、思い出深いライトノベルの書評を検索していました。検索結果が表示される中、伸行はあるブログに興味を持ちます。そのブログの名前は「レインツリーの国」。管理人の「ひとみ」の意見や感想に、深く共感した伸行は、そのブログにメールを送ってみることにしました。
そのメールに返事が来たことで、2人の交流がスタート。メールでの語り合いを重ねるうち、伸行はどんどんひとみに心惹かれていきます。ですが、直接会いたいと望む伸行に対し、ひとみの反応は思わしくありません。ひとみは、会いたくても会えないある理由を抱えていて……。
物語は伸行の視点で描かれていき、メールやチャットでの2人のやりとりが多用されています。小気味よい関西弁で綴られているのでリズミカルで読みやすく、本を読み慣れていない方でも、情景を思い浮かべながら読めるのではないでしょうか。有川浩お得意の、キュンとするようなセリフも散りばめられています。
お互いを深く理解しようとするがゆえに、ときにぶつかり合い、悩み、葛藤する。2人の不器用で真っ直ぐな姿に強く心を打たれてしまいます。ひとみは、ある身体的ハンデを抱えており、伸行もまた傷を背負っているのですが、話が重くなることはなく、心の温まる恋愛小説として描かれています。読後は爽やかな気持ちになれることでしょう。
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人気No.1恋愛小説家・有川浩のおすすめ文庫作品ランキングベスト10!
人気作家、雫井脩介によって描かれた『つばさものがたり』は、読者を物語の世界に引き込む、著者の卓越した表現力が発揮されている感動の家族小説です。
主人公の君川小麦は、26歳のパティシエール。故郷で自分の店を出す夢を叶えるべく、東京の洋菓子店で修行を積んできました。ある事情から、予定よりも早く故郷の北伊豆に戻った小麦は、店舗を探し、洋菓子店を開業することになります。
ですが、天使が見えると話す6歳の甥叶夢が、「レイがここは流行らないと言っている」と話し、その言葉通り店の経営は徐々に傾いていきます。加えて小麦は、応援してくれている家族にも話していない、ある秘密を抱えていたのでした。
- 著者
- 雫井 脩介
- 出版日
- 2013-01-25
芯が強く頑張り屋の主人公が、家族の愛や周囲の人々の優しさに支えられながら、必死に夢に向かう姿が描かれています。主人公を襲う悲しい現実には胸が痛むばかり。読んでいて何度も目頭が熱くなってしまいますが、「天使」というファンタジー要素が、物語に絶妙の爽やかさを与え、悲しみだけではない感動を感じられる作品です。
天使と言うと神秘的なイメージがありますが、甥っ子の叶夢とともに、天使の「テスト」に向けて奮闘する姿は実に人間的で、読んでいて親しみを覚えることができます。登場人物それぞれの想いが重なり合い、涙なしに読むことのできないラストを迎えたとき、切ないながらも心から温かい気持ちのなれる1冊になっています。
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直木賞を受賞した、朱川湊人の短編集『花まんま』には、表題作の他に「トカビの夜」「妖精生物」「摩訶不思議」など、大阪の下町を舞台とした物語、全6編が収録されています。
表題作「花まんま」の主人公は、早くに父を亡くしてしまった小学生。兄として、母と2人、幼い妹を大切に育ててきました。ところがそんな妹が、ある日を境に別人のように大人びた言動を見せるようになり、自分は彦根に住んでいた女性「繁田喜代美」の生まれ変わりだと話し出したのです。主人公は戸惑いながらも妹に付き添い、彦根にあるという女性の家を訪れたのですが……。
- 著者
- 朱川 湊人
- 出版日
- 2008-04-10
妹を必死で守ろうとする兄の姿がとても頼もしく、胸を打つ作品です。訪れた家では、女性の父親と会うことになるのですが、娘を失った父の悲しみや、兄妹がとる行動がなんとも涙を誘い、家族の絆の強さに感動してしまいます。
6編の短編はそれぞれに主人公を変え、どれも大人になった主人公が、子供時代の不思議な体験を回想する形で描かれています。昭和の雰囲気を存分に醸し出した描写の数々に懐かしさを覚え、つい子供時代の感情に思いを馳せたくなる作品です。
人間の生と死について考えさせられる物語が多く、その展開には、ときに背筋が寒くなることもあるでしょう。人間の様々な感情が1冊の中に凝縮され、切なく悲しい気持ちになったかと思えば、ほんわかと温かい感情がこみ上げ、コミカルな展開に頬を緩める場面も用意されています。大阪の街が舞台になっていますが、街並みを知らない方でも十分ノスタルジックな世界観に浸れる、おすすめの傑作短編集です。
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浅田次郎の長編小説『椿山課長の七日間』では、突然死した主人公が、姿を変え期間限定で現世へと戻ります。ハートフルなストーリー展開が魅力的な本作は、映画化やドラマ化もされた人気作品です。
百貨店で課長を務める主人公の椿山和昭は、バーゲンの最中、過労による脳溢血によって死亡してしまいます。ですが、現世に心残りのある椿山は、極楽浄土に行く気にはなれません。あの世にある役所に「逆送」を申請し、同じく現世に未練を残すヤクザの親分武田と、小学生の少年雄太と共に、期限付きで現世へと戻ることにしたのです。
美しい女性の姿を借りて現世に戻った椿山でしたが、そこで生前知ることのなかった様々な真実に直面し、深く傷つくことになります。一方、武田と雄太も、それぞれの望みを叶えるべく、行動を起こすのですが……。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
作品内には至るところにユーモアが散りばめられ、テンポ良く一気に読み進めることができます。主要人物以外の描写も非常に丁寧に描かれているので、深く感情移入しながら堪能することができるでしょう。
現世に戻った3人は、知らない方が幸せだったのでは、と思ってしまうほどの現実と向き合うことになりますが、それでも尚、大切なものへの愛情が消えない様子に、どうしょうもなく涙腺が緩んでしまいます。それぞれのストーリーが徐々に絡まりあい、1つに繋がっていく構成は秀逸。心が洗われるような清々しさを感じる、素敵な余韻の残る1冊です。
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5つの短編で構成されている、辻村深月の『ツナグ』。死者との再会を1度だけ叶えてくれるという、「使者(ツナグ)」のもとを訪れる人々を描いた連作短編集です。作品は吉川英治文学新人賞を受賞しベストセラーを記録。映画化されたことでもたいへん話題になりました。
短編「アイドルの心得」の主人公平瀬愛美は、心不全で亡くなってしまったアイドル、水城サヲリに会うことを使者に依頼します。自分に自信が持てず、会社での人間関係も一向に上手くいかない愛美は、偶然出会った水城サヲリに、救われた過去があったのでした。
ところが、使者との面会に現れたのはごく普通の男子高校生。騙されているのではと思いつつ、改めて水城サヲリの呼び出しを希望します。
生きている人間が死者を呼び出せるのは1度だけ。死者が呼び出しに答えることができるのも1度だけです。1度呼び出された死者は、それ以降もう呼び出すことができなくなり、ゆえに死者は呼び出しを断ることも可能なのです。それでも水城サヲリは、愛美に会うこと承諾したのでした。
- 著者
- 辻村 深月
- 出版日
- 2012-08-27
物語には4人の依頼人が主人公として登場し、最後の章では、ツナグである渋谷歩美の物語が展開されることになります。
依頼人たちは、皆それぞれに事情や感情を抱えてツナグの元を訪れますが、誰もが充実した再会を果たせるわけではありません。生きる勇気を貰えたもの、新しい一歩を踏み出したもの、そして深い傷と後悔の念を背負うことになるもの。その結末は様々ですが、どの物語でも生きること、死ぬことについて深く考えさせられます。
ツナグの視点から描かれる最終章。すべての真意や謎が明らかになる構成には、幾度となく涙を流すことになり、言葉のひとつひとつが重く心に響いてきます。1度きりのチャンス。自分だったら誰に会いたいだろうかと、思いを巡らさずにはいられなくなる作品です。
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ひたむきに陸上競技に打ち込む高校生たちの姿を、疾走感たっぷりに綴った佐藤多佳子の青春スポーツ小説『一瞬の風になれ』。全3巻からなる本作は、2007年の本屋大賞および、吉川英治文学新人賞を受賞し、多くの読者に感動を与えてきた作品です。
主人公の神谷新二は、この春から高校へと進学しました。サッカーで天才的な能力を発揮する兄の健二に憧れ、幼い頃から背中を追いかけてきた新二でしたが、自分には才能が無いことを痛感しサッカーを諦めます。
そんな新二は、高校で幼馴染の一ノ瀬連と再会しました。連は中学時代、陸上で全国大会にも出場していたスプリントの天才です。体育の授業で一緒に走ることになった新二は、連の美しい走りに惚れこみ、連と共に陸上部へ入部することを決意したのでした。
- 著者
- 佐藤 多佳子
- 出版日
- 2009-07-15
兄と親友、2人の天才に囲まれながらも、懸命に努力を続ける主人公の姿には、とても好感が持てることでしょう。その純粋さに青春の素晴らしさを感じることができ、仲間との友情や淡い恋も交えながら、物語は爽やかに展開されていきます。
非凡な才能を持ちながらも努力しようとしない連が、新二といることによって徐々に変わっていく姿からも目が離せません。スピード感溢れるレースシーンには心底ドキドキさせられ、思わず胸が熱くなってしまいます。気づけばきらきらとしたかけがえのない時間を、登場人物たちと一緒に体験している感覚になれるのです。
陸上の知識がなくても十分楽しめる作品ですから、清々しい感動の涙を流したい方は、ぜひ1度読んでみてくださいね。
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短編集『FINE DAYS』は本多孝好が綴る、文体がとても透きとおった作品です。不思議な逸話が、ほっとする結末へと続く爽やかなミステリーとなります。
表題作「FINE DAYS」は、不思議な転校生の物語です。とても美人で、綺麗な髪の彼女。前の学校では、彼女に告白し振られてストーカーと化した生徒が、学校の屋上から飛び降りてしまうという事件が2年間で4件発生したというのです。彼女が呪い殺したという噂になっており、転校してきたこの学校でも彼女絡みで屋上からの飛び降り事件が発生するのです。
ストーリーもさることながら、物語を語る「僕」がクールでよいです。学校の屋上でタバコ吸ったりするような少年ですが、考え方や行動はクラスのいじめられっ子を差別せず、学校一の不良少女とも普通に接します。この転校生とも淡々とコミュニケーションをとっていくのです。
その不良少女と転校生の間で新たな飛び降り事件が発生します。しかもその場所には「僕」が立ち会っていて……。
- 著者
- 本多 孝好
- 出版日
短編集『FINE DAYS』では、いずれの物語も大事な部分をさっぱりと表現しており、淡々と物語が展開していきます。しかし、人々の偏見のある思い込みや、人生で優先すべき事項が変わってしまったのはなぜか、といった重いテーマがさらりと取り扱われているのです。
重いテーマに直面しながらも、読後になんとなく前向きな気持ちになれます。それぞれの物語の結末が、ほんのり光がともされるような新しい生活への希望や、これで間違っていなかったんだ、というトーンで締めくくられているからです。ぜひ手に取って、本多ワールドに触れてみて下さい。微かな光にほっとすると思います。思い切り泣かせる、というのではなく、あたたかな感動のある短編集です。
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本書は、犬の姿で地上に降ろされた死神が、死期の迫った人間と交流していく姿を描いたハートフルなミステリー作品です。
主人公の死神は犬の姿を借りて、あるホスピスに舞い降りました。丘の上にある古い洋館を改築したそのホスピスには、死を待つばかりの4人の患者が入院しており、皆それぞれに強い未練を抱えています。人は未練を残したまま死んでしまうと、地上に止まる地縛霊となってしまうため、それを阻止するべく死神が派遣されたのでした。
ゴールデンレトリーバーの姿をした死神は、ホスピスで看護師・菜緒に拾われ、「レオ」と名付けられます。彼の初仕事の相手となったのは、南竜夫という老人。南は戦時中に別れた恋人のことが今でも忘れられず、心残りとなっていました。レオは南の夢の中へと入り込み、彼を未練から解放するため仕事を遂行していきます。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2016-05-12
なんといっても魅力的なのは、左遷同然に地上へと派遣されてしまった死神のキャラクター。自らを「高貴な霊的存在」と呼んでいるのですが、姿が犬なためどうしても可愛らしくなってしまい、そのギャップに無性に心惹かれてしまうでしょう。物語が進んでいくなかで、徐々に人間の感情を理解するようになり、その交流の様子がときに微笑ましく、ときに感動的に綴られています。
患者たちの未練を解消していくだけでなく、過去の事件の謎解きや、思いもよらない危機的な展開などのテンポのよさに、読者はどんどん引き込まれます。登場人物それぞれの心理描写も丁寧に描かれているので、最期のときはどうしても涙腺を刺激されることになるでしょう。
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人気作家三浦しをんがおくる本作は、箱根駅伝への出場を目標に、懸命に努力する10人の若者の姿を描いた、心揺さぶる感動の物語です。
寛政大学4年生の清瀬灰二は、銭湯の帰り道に逃げていく万引き犯の少年を見かけます。その少年の走る姿に目を奪われた灰二は彼を追いかけ、「走るの好きか?」と声をかけました。その少年は同じ大学の1年生・蔵原走。お金がないという走に、灰二は自分が住む「竹青荘」というアパートを紹介します。こうして走は竹青荘の10人目の住人となったのです。
10人揃った住人たちの前で、灰二はある野望を口にしました。それは「10人で箱根駅伝を目指す」というものです。実は彼はかつて陸上の長距離選手でした。走も高校時代は将来を期待されたランナーだったのですが、2人ともそれぞれに事情があり、今は陸上から離れてしまっています。
2人以外はまったくの素人で、一見無謀とも思える目標ですが、それでも皆はさまざまの思いを胸に、この前代未聞の野望に共に挑んでいくことを決めたのです。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2009-06-27
竹青荘の仲間たちは、個性豊かで魅力に溢れています。作品内では灰二と走だけにスポットが当てられているわけではなく、それぞれが主人公となって青春のドラマを紡いでいくのです。
秀才の「ユキ」、留学生の「ムサ」、漫画オタクの「王子」、地方出身の「神童」など、丁寧に描かれたひとりひとりの過去や心情が、物語に圧倒的なリアリティーを生み、感情移入せずにはいられません。駅伝というチーム競技に、仲間を信じ、戦略を駆使して懸命に挑んでいく姿に胸が熱くなります。
自分の弱さと向き合い、「速い」ではなく「強い」を求めて走る彼らを、心底応援したくなるでしょう。読後感は「爽やか」の一言。10人の男子大学生の姿が、いつまでも心に刻まれる素敵な1冊となっています。
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本作は、横山秀夫による戦争小説です。太平洋戦争の激化する日本を舞台に、人間魚雷「回天」に乗り込むことになるひとりの青年の姿が描かれています。
主人公の並木浩二は、甲子園の優勝投手でした。大学で肘を故障し、高校時代のような速球が投げられなくなってしまった並木は、「魔球を作ろう」と思い立ちます。ところが、そうこうしている間に戦況は悪化。並木たち大学生もこぞって徴兵されることとなり、軍隊での過酷な生活がスタートします。
ある日彼は、海軍対潜学校で「特殊兵器」へ搭乗する意思の有無を問われ、それが特攻であることを知らずに志願してしまいます。そしてその特殊兵器「回天」を初めて間近で見たとき、その兵器が大量の爆薬を積んで敵艦へと突っ込む、人間魚雷であることに気づいたのでした。
- 著者
- 横山 秀夫
- 出版日
回天を「鉄の棺桶」だと表現する一文が非常に印象的となっています。身動きもままならないほど狭く、うす暗い回天内部の描写は、読んでいるだけで息苦しくなるほど。たったひとり搭乗して標的に体当たりし、海に沈んでいくのかと想像しただけで、背筋がぞくりとしてきてしまいます。
「回天に搭乗するときが死ぬときだ」という現実を、唐突に突きつけられてからの並木の苦悩や葛藤が切々と綴られ、やるせない気持ちが押し寄せることでしょう。
生きて帰ることを恥だと感じ、死ねなかったことを悔やむようなこの時代。そんな時代を生きた若者たちの等身大の姿が描かれた物語です。回天に搭乗することが決まってからも、魔球の練習をやめない主人公の姿は本当に切なく、戦争に未来を閉ざされた青年の思いに、涙が止まらなくなるでしょう。
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記念すべき第1回「本屋大賞」を受賞した本作は、交通事故の影響で80分間しか記憶を保つことができない「博士」と、ある一組の親子との交流を綴った穏やかで美しい物語です。
家政婦事務所に勤める28歳のシングルマザー「私」は、元大学教授の数学者「博士」がひとり暮らす家へと派遣されてやってきました。
「博士」は過去の交通事故で脳に損傷を負い、直前80分間の記憶しか留めておくことができません。その上数字にしか興味を示さないため、最初は戸惑っていた「私」でしたが、「博士」が話す数学理論を通して、徐々に言葉を交わすようになります。
ある日「私」に息子がいると知った「博士」は、「子供を独りぼっちにしてはいけない」、「明日からここへ連れてきなさい」と言います。翌日、学校が終わってやってきた息子を、博士は優しく迎え「ルート」という愛称をつけました。こうして「博士」と「私」、「ルート」の3人で過ごす、かけがえのない穏やかな日々がはじまったのです。
- 著者
- 小川 洋子
- 出版日
- 2005-11-26
思いやり合いながら過ごす3人の日常が微笑ましくもあり、切なくもあり、胸がキュンとしてしまう作品です。博士がルートへと向ける愛情がとにかく純粋で、そのどこまでもまっすぐな優しさには、心が洗われるような気分を味わうのではないでしょうか。
とても読みやすく、癒されたいときにはぴったりの1冊になっています。
物語にはたくさんの数式が登場しますが、博士が数学に関する考えを語るシーンはなんとも素敵で、読者の涙を誘います。博士による説明もとても心地よく、数学が嫌いな方でも興味を持つことができるでしょう。登場人物たちの思いや、数字の美しさに心惹かれ、最後まで静かで温かい気持ちで読み続けることができる作品です。
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アートなどの美意識をテーマにした3つの愛の物語が書かれた『エミリー』。
1作目の「レディメイド」は、同じ会社の男性に恋をしている女性の物語となっています。飲み会にも参加しない、合理的で意地悪な彼が大学で美術を専攻していたことを知った主人公は、彼の気を引くために、とある展示の話を彼にして……。
2作目のタイトルは「コルセット」。主人公の男性は骨董屋の女性と、自分たちは今の時代に合わないねという話をし、その日の晩に二人とも自殺をすると約束をします。しかし主人公は死にそびれ、女性だけが本当に死んでしまいます。それ以降、鬱で病院に通うようになった彼。月日は流れ、今度こそ本当に自殺するつもりだった彼は、死ぬ前に病院の受付の女の子を展示会に誘うのですが……。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2005-05-20
3作目は、表題作「エミリー」。ファッション雑誌にロリータ写真を掲載され、世間や家族になじめず、いじめられている中学生の女の子と、その子に話しかける男の子の物語です。二人は次第に仲良くなっていきます。やがて女の子は、自分と同様にその男の子が人から避けられている理由を知って……。
少年と少女の美しい生と性を表現しており、表題作は三島由紀夫賞候補にもなっています。社会に受け入れられなかった主人公たちが、絵画やアートといった芸術の世界などを通して世間との関わりを保っていく本作。少し怪しい雰囲気の物語ですが、そんな彼らが生きる姿は切なく健気で、思わず涙を誘います。
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日中戦争による戦争孤児の悲惨な状況と、再び肉親に出会い、親子の絆を深めていくまでを描いた長編小説です。
陸一心は日中戦争終戦時の満州の地で、ソ連兵による虐殺を生き延びた後、親兄弟と離ればなれとなってしまいます。そして、日本人戦争孤児であるがゆえに、幼いころから悲惨な目にあい続けるのです。
苦労して大学を卒業した後、赴任した製鉄所で文化大革命が発生。一心は日本のスパイとしてつるしあげられ、労働改造所に送られてしまいました。
えん罪が晴れて、元の職場に戻ると、新たな製鉄所建設に携わります。日中協力の建設でしたが、ここで実は日本側製鉄所の所長が実の父であったことがわかるのです。協力といっても、自分達中国人に不利にならないようやりあっていく相手方同士であり、ここでも人生の試練が続きます。
- 著者
- 山崎 豊子
- 出版日
『大地の子』では、中国の共産党指導部の権力争い、悲惨な文化大革命、中国との合弁事業の推進の困難さが大きな流れで物語に組み込まれています。中国残留孤児だけに特化した物語ではなく、悲惨な残留孤児と当時の日本と中国の関係や、中国の取ってきた施策について俯瞰して述べていることが、本書をより大きな物語へと昇華させているのです。
山崎豊子が得意とする、社会の大きな矛盾や流れを、個人の営みと複雑に絡めることで物語に奥行きを持たせる方式は本書でも随所に採用されています。山崎豊子が最も本作品で訴えたかったことは、戦争の一番の被害者は戦争孤児となってしまった子どもたちであるということです。戦争孤児が日本人であるがゆえに、中国人からひどい目にあうといった悲惨な境遇、戦争あるいは戦争孤児の悲惨さに山崎豊子が特に注力していたことがよくわかるのです。
ページ数も内容もとてもヘビーでありますが、時間をとって本作品に触れることで、改めて戦争の悲惨さ、現代の平和のありがたさに思いをいたすことができます。
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平安時代末期、平家打倒を導いた2人の英雄が生まれたのは、未来から来た人物の指南を受けたからだとしたらどうなるでしょうか。浅倉卓弥の『君の名残を』は、平家物語をベースに創り上げられた歴史ミステリーです。
高校生の幼馴染である友恵と武蔵は、家が隣同士であることから、幼いころから仲良く過ごして来ました。武蔵の父が剣道の師範であることから、2人はその父の道場に通いつめ、実力は十分です。
ある雨の日、学校帰りに祠で雨宿りしていたとき、雷鳴が轟き2人は突然どこかに飛ばされます。
2人が飛ばされたのは、なんと800年前の平安時代末期でした。そこで友恵は木曽義仲の奥方として、武蔵は、源義経の相方である武蔵坊弁慶として生きていきます。
平安時代末期は武士団が形成され、武士の棟梁が認められてきた頃であり、剣術はまだまだ未完成でした。一方、現代の剣道は800年の時を経て洗練されています。その剣術を義仲と義経は友恵と武蔵の指南で会得するのです。特別な立場にあった2人は、それぞれまったく新しい剣術を身につけることで、将として活躍していきます。
- 著者
- 浅倉 卓弥
- 出版日
戦国ミステリーというと、いきなり歴史トリップに巻き込まれ、現代の姿で歴史に参加するという展開が多いですが、『君の名残を』では、歴史上の人物としてその役割を果たしていくという設定になっています。
友恵や武蔵をここへ連れてきた「時」とはいったい何なのか。歴史上の必然を成すためにここに連れてこられた2人は、この時代で運命を果たすことができるのでしょうか。
浅倉卓弥は10年来このストーリーを考えてきたとのことで、歴史上のストーリーとフィクションを絶妙に組み合わせて物語を展開していきます。現代視点からみた「平家物語」を義仲や義経の気持ちの変遷にまで踏み込んで再構成した『君の名残を』は間違いなく読者を浅倉ワールドへ引き込んでいくでしょう。
中学生で作家デビューした主人公・千谷一也が自分の作品を酷評され売上も伸びないために自身の能力や作品に自信が持てず悩み苦しむ中で、同い年の人気作家・小余綾詩凪と小説を合作するうちに小説を書く事の意味を見つけていく成長物語です。
主人公の千谷一也は中学生で作家デビューした高校生作家で、高校では文芸部に所属しています。これまでいくつか作品を出してきましたが、どの作品も売れずネットでは星1つと酷評されてしまいます。
何度書いても上手くいかない千谷が、周りには小説は売れなければいけないと拝金主義を豪語して、小説を書く意味を見失っていく中、千谷はひょんなことから同い年の美人人気作家、小余綾詩凪と共同で小説を書く事になるのです。
容姿端麗で頭脳明晰、運動神経も抜群な上に小説も売れている完璧な小余綾に対して千谷は卑屈になるのですが、合作を進めるうちに小余綾のある秘密に気づきます。そして小余綾や文芸部の仲間との交流の中で、千谷は小説を書く事について真に向き合っていくのです。
- 著者
- 相沢 沙呼
- 出版日
- 2016-06-21
とにかく千谷が小説を書く事に悩み苦しむ様子が徹底して描かれています。千谷が挫折を繰り返し、何度も強烈なネガティブ思考に支配されて周りをひがみ、とことん自己否定して自分の信じたいものを信じられない様子はとても痛々しく読んでいてつらくなってしまうでしょう。
そんな千谷は小余綾に「あなたはなんのために小説を書いているの?」とたびたび問われますが答えることができないのです。物語を生み出すことの苦しみがこれでもかというほど伝わってきます。だからこそ、そんな千谷が小余凪との合作を通して再起し、小余綾からの問いの答えを見つけていく姿は感動で心が震えます。
この話は小説を書く事をテーマにしていますが、千谷たちがぶつかる苦難やその中から見つける大切なことは私たちが物事に向き合うときにも通じるものがあるでしょう。何かに真摯に向き合う全ての人に勇気をくれる作品です。
▶相沢沙呼はライト文芸の名手!おすすめ本を紹介
相沢沙呼のおすすめ小説5選!ライト文芸を代表する作家!
伊藤左千夫の『野菊の墓』は明治時代の純愛文学の代表作です。本作品は1905年(明治38年)に正岡子規が主宰する文芸誌「ホトトギス」に掲載され、夏目漱石にも評価されています。当時の世の中の結婚、恋愛事情あるいは純愛小説の在り方にはどのような時代背景があるのでしょうか。
政夫15歳と民子17歳は従姉同士、とても仲良く過ごしており、お互いにはっきりとした恋愛感情を持つことはありませんでした。しかし、いつしか民子は政夫に恋心を抱き、政夫もまた、二人きりになったとき淡い恋心を意識します。
若い男女が人前で仲睦まじくふるまうことが珍しい当時では、双方の親はもちろん隣近所の大人たちも仲のよい二人をからかい、批判するのです。そんな周囲を意識して、恋心を募らせる二人はますます相手を意識します。
心配したそれぞれの親は、政夫を学業に専念させ、民子を親の決めた嫁ぎ先へ嫁がせるのです。民子は政夫を思い、嫁入りに抵抗しましたが、政夫の行く末を慮り、親の指示に従います。そして産後の肥立ちが悪く、政夫を想いながら亡くなってしまい……。
- 著者
- 伊藤 左千夫
- 出版日
- 1955-10-27
明治時代にこのような純真な恋愛についてのびのびとした文体で記述することはとても珍しかったと思います。純真な恋愛と悲劇が組み合わさった恋物語であることと、のびのびとした自由な文体は当時も読者の好評を博したのです。親の決めた嫁ぎ先に嫁ぐといった結婚形態が主流であった当時、本人同士の恋心を大切にしなければならないといった考え方は新しいものでした。
本作品のタイトルやストーリーは目にしたことがあるかもしれませんが、改めて本作品に目を向けると、抱いていたイメージと異なることもあるのです。この機会に新たな視点でじっくりと再読するのはいかがでしょうか。
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伊藤左千夫のおすすめ作品4選!代表作『野菊の墓』も
『映画篇』は、在日朝鮮人の主人公とその友人が、映画を通して友情を深めていく話を含む、短編全5篇です。
「太陽がいっぱい」「ローマの休日」「愛の泉」など名作映画が物語の中に出てきます。
- 著者
- 金城 一紀
- 出版日
- 2014-07-28
それぞれの物語は、登場人物も話の内容も異なりますが、いつも「ローマの休日」が出てきます。その微妙な共通点と同じように物語の登場人物たちも少しずつクロスしていきます。
すべての物語の始まりは、区民会館での映画の上映会。「太陽がいっぱい」に登場する龍一は、友人に「ローマの休日」を見ようと10数年ぶりに声をかけます。龍一は今の汚れきった生活から抜け出すきっかけにしようとしていたのかもしれません。また、昔のように友人と映画を見ることで変われるのではないかと。
龍一のようにそれぞれ登場人物たちが、映画をきっかけに「変化」に関わっていきます。そのテンポの良さと次々と予想を上回る展開がなされる、短編集ならではの良さをぜひ読んでみてください。
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この物語の主人公、猿倉佳奈美は霊にとても興味がある女子高生です。しかし、彼女は霊感ゼロで霊が視えません。そこで佳奈美は“視える”と噂の同級生・ユウに声をかけますが、ユウは全然、霊について教えてくれません。
佳奈美は親友のメイコと一ツ橋大学で心霊現象研究会の会長を務めている鳴神佐久に会いに行きます。佐久は佳奈美に、自分の霊体を複数に分ける「片化粧」を教えます。片化粧によって佳奈美に異変が生じ……。
- 著者
- 二宮 敦人
- 出版日
“霊”と聞くと怖いと思う人もいるかもしれませんが、全然そんなことはありません。本作は笑える場面、泣ける場面が多くあり、怖い話が苦手な人でも楽しんで読んでいただける話となっています。
例えば、佳奈美に取り憑いてしまった霊を払う儀式のシーンでは、メイコとユウの佳奈美を元に戻したいという気持ちが強く表されています。また、その儀式のシーンで佳奈美に取り憑いていた霊の正体が分かるのですが、佐久との会話のシーン、成仏していくシーン、ここでほんとに涙が出てしまうほど感動するんです。笑い、涙し、“霊”というイメージを変える一冊となっています。
助産婦を生業とする主人公の桐山冬子。助産師は本来、胎児がこの世へと生み出させれる助けを担っているはずの仕事です。しかし、その実、人口妊娠中絶により数百もの命を奪っているという事実もあります。
- 著者
- 山田 宗樹
- 出版日
ある時、彼女は妊娠中期に入った患者の人工妊娠中絶を担当することになります。その患者の中絶手術中に起こった出来事を契機に冬子の心中にある決意が芽生える事になります。その後、彼女は助産婦を続けながら、天使の代理人という組織を運営、今までの償いとして胎児を守る仕事を推し進めていくことになるのです。
「妊娠中絶」という生々しさを感じる題材だけあり、読んでいて気持ちが沈みがちなる部分もあります。しかし、中絶に対しさまざまな立場の女性が登場し話が進んでいき、それぞれの立場を考えると、中絶が一方的に否定的な行為とも、肯定的な行為ともつかないものだと思わされます。
中絶に対する賛否両論を読者なりに考えて欲しいというメッセージが込められているのでしょう。社会的な問題を読み解きたい方におすすめの1冊です。
『モノレールねこ』は、日常のなにげないつながりの中でできた人との絆を描いた短編8篇です。
表題作「モノレールねこ」は、デブで不細工で、ノラだったねこにまつわるお話です。そのねこの首輪を通じて、手紙をやり取りするようになる小学5年生ふたりの奇妙な交流には、微笑ましさや面白さを感じます。
- 著者
- 加納 朋子
- 出版日
「モノレールねこ」という名前の由来は「塀の上に座って、両脇から垂れた脂肪でがっちり塀を掴んでいる姿が、まさにモノレール」だから。その情景を思い浮かべると、クスッと笑いが出てきます。お互いに名前すら知らない彼ら。だからこそ情報は手紙の内容だけなので読みやすく、テンポよく進んでいきます。
本作では、悲劇の場面が突然に現れ、今までの楽しい場面があたたかいほどにその悲しさに泣けてきます。ふたりはその悲劇に激しく後悔するのです。日常が突然壊される寂しさや悲しさは、読者の共感を呼ぶもの。モノレールねこの不細工と太々しさを想像しながら、ぜひ読んでみてください。
▶加納朋子のそのほかのおすすめ小説を紹介
加納朋子のおすすめ小説6選。生きることの優しさとむずかしさが満ちた日常
映画やアニメなどの多数のメディアミックスも展開された、大人気の野球小説『バッテリー』。分類としては児童書にあたる作品ではありますが、ベストセラー作品として今も多くの人々に愛されています。
天才ゆえに孤独なピッチャー原田巧と、周りから信頼されるキャッチャー永倉豪という2人の対照的な中学生が共に成長していく、王道青春小説となっています。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2003-12-25
少しずつ友情を育み、お互いを認めあっていく姿に胸が熱くなり、思わず涙する人も少なくないでしょう。文庫本で全6巻、その中に幼い彼らの青春が詰まっています。
刊行されたのは1996年のことですが、作者がとらえた思春期の少年たちの心情、ドラマ性はいつまでも衰えることのない普遍性をもっています。爽やかなだけではない、少年たちのぶつかり合いから生まれる青春の物語を、ぜひ一度追いかけてみてはいかがでしょうか。
▶あさのあつこのおすすめ小説をランキングで紹介!
あさのあつこの文庫小説おすすめランキングベスト6!中学生から楽しめる!
本作には、生後間もない不倫相手の子供を誘拐してしまった女性と、その女性に育てられた娘の姿が描かれています。
野々宮希和子はある日、不倫関係にあった秋山丈博とその妻・恵津子との間に生まれた生後6ヶ月の赤ん坊を誘拐してしまいました。赤ん坊には「恵理菜」という名前がありましたが、希和子はその娘に「薫」という名前を付けて逃亡を図ります。
実は希和子には、秋山との間にできた子供を、2度も中絶した過去がありました。「薫」とは、秋山と自分の子供に付けようと希和子が考えていた名前です。逃亡後、彼女は薫を連れて転々と居所を変え、いつしか山間部にある「エンジェルホーム」という施設にたどり着きます。
- 著者
- 角田 光代
- 出版日
希和子が見せる母親としての深い愛情に引き込まれ、誘拐犯と知りながらも、ついそっとしておきたくなるような感情が湧き上がります。秋山夫妻はお世辞にも良い両親と呼べるものではなく、そのジレンマにさまざまなことを考えさせられるでしょう。幸せそうな子供の姿が描かれるたびに、何が正しいことなのかがわからなくなってしますのです。
偽りの母子の逃亡劇は、いったいどのような結末を迎えるのか。ハラハラしながらページをめくるばかりです。後半では成長した娘の視点で物語が綴られ、ラストを迎えてもなお、その先の物語を想像したくなる絶妙な余韻に包まれます。
情景が鮮明に浮かんでくるほどリアルな描写に心打たれる傑作ですので、ぜひ1度読んでみていただきたいと思います。
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いかがでしたでしょうか。切なく悲しい物語、熱い恋の物語、感情の揺さぶり方は様々ですが、どれも強く心に響く作品たちです。胸を締め付けられることもあるでしょうが、だからこそラストシーンの感動は心を癒してくれることでしょう。